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  特別講演「医療の心」

2005.09.04 日本薬局協励会近畿合同大会in高野山
高野山普賢院研修道場

2005/9/4 特別講演「医療の心」(94分) mp3/43.2MB
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   万物はすべて変化をする。人間の生命も生まれて死ぬのが真理というふうにされてきたわけでございます。それが、西洋の物質主義に変った。明治維新は一口に言えば、仏教の破壊でございます。そして国家神道を盛んにして、天皇中心の国家造りをしてまいったわけでございます。国家神道と神道の前に国家というふうに付けましたのは、古くから神道がございまして、これを古神道というふうに呼んでおりますけれども、古神道は汎神論、つまりはあらゆるものに神が宿るという思想でございます。これは仏教も同じでございます。
 人間の究極の苦しみは死でございます。しかし、その死は諸行無常であるというふうに悟って行けば、何を悩む必要があろうかと。だが、人間関係によって生じますところの苦しみもあるわけでございます。これが諸法無我でございます。
 他人がおって、自分がおる、これは世の中のことばかりではないのであります。先ほど申しました、ご先祖さまのおかげにも関連してくるのでございます。私たちは、生命の倫理によって誕生して死んで行くわけでございます。
 ご先祖さまがいらっしゃって自分がおるんだ。ご先祖さまもいろいろな人のおかげをもって生きていらっしゃったわけでございますから、今日の自分があるというのも、そうした人たちのおかげをこうむっておるんだ。それでも悩みが生じて来る。ならば、どうすればいいのか。八正道を目標としなさいというふうにお釈迦さまはおっしゃったわけでございます。
 八正道というのは、八つの正しい道ということでございます。正しい聖人の道とも書いておりますけれども、八つの道があるんだ、正しくものを見て、正しく考えていく、正しい言葉を使って正しい行いをしていく、正しい生活をして正しい努力をしていく、正しい思念を頂いて正しく瞑想していけば自ずから道は正しくなるんだ。誰もがこころを正常に保つことによりまして、この苦しみを克服することができるんだ。考えてみますと、これは当たり前のことでございます。
 正しくものを見られる人は、正しい判断が出来ます。正しい生活をしている人に悪い行いをする人はいらっしゃいません。正しく学んだ人で間違った判断をする人はいらっしゃいません。逆に、勉強もしないで正しい判断が出来わけもありません。誤った見方をしておって正しく考えることは不可能でございます。乱暴な言葉を使って品行方正になれるわけもありません。すべてが関連しているわけであります。
 これを基本にして本質を見極めようというのが仏教であるわけでございます。
 欲望は人間の苦悩の原因であるからして、それを断つということを誓うわけでございます。これを煩悩無量誓願断(ぼんのうむりょうせいがんだん)というふうに言いますけれども、いわいる煩悩をことごとく断ってやろうと誓う自力であります。
 なるほど欲望は諸悪の根源かもしれないけれども、煩悩即菩提であって、本質的に努力が無いわけではないんだ。また人と競争するのも悪いことではないんだ。競争や努力をすることによって得られる知恵は本来人間生活を本当に豊かにして喜びに転じて来ている。こうした知恵はあらゆるところに遍満なく分け与えるものであるというふうに福智無辺誓願集というふうになっております。
 いわゆる加持力を誓う人もいらっしゃる。ここにいう加持力というのは分け与えるということでございます。お坊さんは仏法を分け与えて、お金持ちの人は金銭を施して、何も持たない人は優しい言葉と笑顔だけでもいいから、それを分け与えていく。これを仏教では布施というふうに言っておりますけれども、この布施にも法施、財施、無畏施というふうに三つの布施があるわけでございます。
 西洋の人が神を念頭に置いたように、東洋の人は仏陀をすべてと受け止めるようになるわけでございます。西洋と東洋の違いは、西洋の神は全知全能の絶対者として君臨したしますけれども、東洋の仏陀は生活者として信ずる人のこころに宿っている。日常生活の中で諸法無我と言わずに、ご先祖さまのおかげであるというふうに感謝するわけでございます。
(合計94分)




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