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北朝鮮での法要 妙香山普賢寺

 共産党の中国に仏教が残っておりましたように、北朝鮮にも仏教は細々とですけれども残っております。今回、仏教関係の施設としては平壌郊外の妙香山普賢寺(みょうこうざんふげんじ)というお寺に行かせていただきました。この妙香山というのは仏教を守る神様であります帝釈天の子供がこの山の降り立ったという神話が残っているところでございまして、朝鮮建国の地であるというふうにいわれております場所でございます。その妙香山の山麓にある普賢寺という寺に行きまして、一番私が驚きましたのは、ここの本尊さんが金剛界の大日如来でございました。この大日如来といいますと、私たちが宝塔を受け継いでおります真言密教の中心仏でございます。だからこの普賢寺も密教の系統を受け継いでいる寺であったというわけでございます。
 今から1200年前に唐の都長安から日本に密教を持って帰られたのは空海、弘法大師でございますけれども、この空海に密教を伝授された長安の青龍寺、ここの住職であります恵果阿闍梨はこの北朝鮮方面の出身者であるとも言われておられる方でございます。また当時、恵果阿闍梨のお弟子さんには、この北朝鮮のあたりから派遣されたお坊さんたちも何人かおったということでございますから、北朝鮮に密教系の寺があっても不思議ではないわけでございます。しかし、私はこの現在の北朝鮮に密教系の寺が存在しておったということに非常に驚きますと同時に、日本と北朝鮮とが大日如来のご縁でつながっておるということに大きな喜びを感じたわけでございます。
2009/9/23 池口会(京都) 第一講話 時局 訪朝報告 2009年9月 第一回 日朝友好文化宗教交流訪朝団掲載記事 「炎の行者」が北朝鮮訪問


妙香山
妙香山というのは仏教を守る神様であります帝釈天の子供がこの山の降り立ったという神話が残っているところでございまして、
朝鮮建国の地であるというふうにいわれております


普賢寺( 普賢寺は密教の系統を受け継いでいる寺)八角十三重塔
文殊菩薩とともに釈迦如来の最も近い代理人と言われる普賢菩薩。平安北道にある妙香山普賢寺(ミョヒャンサンポヒョンサ)の名はこの菩薩
に由来する。高麗時代の1042年に建立され、1765年に改築された。曹渓門、解脱門、天王門、四角九重塔、万歳楼、八角十三重塔、本殿
である大雄殿の順に建築物が並ぶ。朝鮮戦争(1950〜53年)時、米軍の爆撃で大雄殿、万歳楼など中心的な建物が破壊された。だが、この
二つとも建築技術と彫刻技術の両面で世界に誇れる建築物。金日成主席の指示によって、現状どおりに復元された。普賢寺の敷地内にある妙
香山歴史博物館には八萬大蔵経の版木(木版印刷のために文字を刻んだ木の板)が収められている。(共和国の仏教より)

 
 

 日本の今の仏教というのは天台密教と真言密教がありますけれども、この密教が中心になっていますよね。鎌倉時代の親鸞聖人にしても日蓮聖人にしても、皆ここで、法然聖人にしても、密教を学んでそして新しい仏教を創ったわけですから、この密教が基本なんです。日本の精神の骨格を作ってきたこの密教の教えが北朝鮮にもあったということで驚いたわけです。仏教には、すべての生命はこの帝釈天の網である帝網(たいもう)で結ばれておるんだという教えがあるわけでございます。生きとし、生けるものすべてがこの帝網、帝釈天の網で結ばれておって、お互いが助け合いながら共生しているんだと、そういう教えであるわけでございます。 この北朝鮮の妙香山普賢寺の存在は、日本と北朝鮮を結ぶ帝網が、網がですね、まだ切れないでつながっているということを物語っておるのじゃないかなというふうに思いまして、私は非常に嬉しく思ったわけでございます。そして、この妙香山普賢寺のご縁によりまして密教を足がかりに、この北朝鮮との友好を計っていくということを大日如来もそれをお認めになっていらっしゃって、何か良い知恵を授けてくださるんじゃないかなというふうに私は思った次第でございます。 

普賢寺大日如来
私は、この妙香山普賢寺で真言密教の法に基づいた略式の戦没者供養と平和祈願をいたしたわけでございます。そのことによりまして私はますます北朝鮮で戦没者、戦争犠牲者の慰霊と世界平和祈願の式典を実現していかんといけないというふうに、こころに誓ったわけでございました。なぜ北朝鮮かと言いますと、世界中を周って世界平和祈願を私はして周っておるんですけれども、ちょっと考えたら、やっぱり足元から、アジアからの平和が大事であると思ったんです。それには日朝関係の平和が無かったら、アジアの平和は無い。だからどうしても、この北朝鮮に行ってみたくなったんですね。
 今まで日本は何回もこの朝鮮半島に侵略しておりますね。豊臣秀吉のころには行って帰って来た人たちが、向こうの殺した人たちの耳を削いできて、鼻を削いできたりして、耳塚鼻塚っていうようなのを作っているんですね。そういうような惨たらしいことをして帰ってきてるわけですね。だから、そうされた人たちはもう日本を、日本人を怨みに怨んで、七代でも祟ってやるというような感じで亡くなっていらっしゃる人がいっぱいいらっしゃると思うんです。その人たちに私はお詫びをして、そして本当に悪うございましたというお詫びと、怨親平等(おんしんびょうどう)の思想が日本仏教にありますから、その怨親平等の思想に依って慰霊をすることが、今後の日朝関係の改善につながっていくというふうに思って今回、北朝鮮を訪問することになったのです。


 戦没者、戦争犠牲者の慰霊をきちんと行うということが、平和につながるんだというふうに確信しているわけです。何故かといいますと、すべてのものは、植物と同じように、根があって幹があって花を付け身を生らせるわけです。私たちの根というのは先祖であり、そしてまた先達たちであり、先輩たちであるわけでございます。こういう根が本当に安心して成仏していないと、そこからどんどん悪いものが出てきて喧嘩が始まるわけでございます。この人たちをどうしても成仏していただかなくてはいけない、成仏していただいて、自分たちを守っていただくようにするのが、宗教家の務めであるというふうに思って、私はそれが平和につながっていくんだというふうに確信して北朝鮮の問題を考えたわけでございます。2009/9/23 池口会(京都) 第一講話 時局 訪朝報告 (2009年9月 第一回 日朝友好文化宗教交流訪朝団)


妙香山普賢寺チョ・ソンミ住職

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