恵観塾   京 都 2011年 Ekanjuku 2011 Kyoto - Sangoshiiki            HOME

三教指帰

2011/2/23 
 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
佐々木道博様
第二講話「三教指帰」1回目 
虚空蔵菩薩の真言
真言は密教の秘法
救聞持法
密教というのは実践
身口意
   虚空蔵菩薩の真言というのは、「ナウボウ・アキャシャギャラバヤ・ オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ」というのですけれども、これを百万遍言うのですね。
 毎日、毎日5時間から10時間くらい「ナウボウ・アキャシャギャラバヤ・ オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ」、「ナウボウ・アキャシャギャラバヤ・ オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ」とこういうふうに句っていくのですけれども、これが虚空蔵菩薩の真言でございますが、この真言はサンスクリット語を漢字に音写したものをそのまま音読みにしているわけであります。
 このサンスクリット語の意味は「虚空蔵菩薩に帰依したてまつる、花飾りを付け蓮華の冠を付けた人に幸いあれ」こういうような意味でございます。
 ほかの真言もいっぱいありますが、このような真言の言葉自体にあまり意味がありません。しかし、この真言は密教の秘法であるところの救聞持法(ぐもんじほう)に用いますと大変な記憶力がつくわけであります。
 私はこの仏の教えは、密教というのは実践だと思っております。
 実践だから、自分がそれにぶつかってぶつかって、そして実践をして始めていろいろな悟りが得られるんだというふうに思って、座布団に座っていることだけじゃなくて、世に出ていろんな実践をしてがんばっているわけでございますけれども、現代の厳しい時代に空海の青春の足跡を知ってほしいと思い、三教指帰を選んで皆様方にお届けしたいと思った訳でございます。
 どうしたら願いが叶うのか、仏さまに願いが届く身口意(しんくい)をつくればいいじゃないか、つくりなさい、体と心と言葉をフル回転してみなさい、そういう風に空海は教えているんだと私は思っております。儒教は考える修行、道教は体を動かす修行、そして仏教は深層心理をも動かす修行ができるんだ、というふうに空海は教えてくれているんじゃないかなと私は思っているのであります。(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)


2011/2/23 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 1回目(64分) mp3/27.4MB
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2011/3/23 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
大震災物故者供養
第一講話 時局
第二講話「三教指帰」2回目
登校拒否
家庭内暴力
六斎日
大きな喜びを持てる人
大きな器の人
   子供を有名校に入れたいために尻を叩いて勉強させて、そのあげく登校拒否とか、家庭内暴力をまねいてしまっているというような例がいたるところで蔓延しております。
 長引く不況によって世界の人々のこころにすさみが浸透しておる。
 日本でも日々報じられるところの事件は残虐性が深まっているように思えます。あるいは些細なことで喧嘩をして相手を殺してしまうというような事件も少なくないのであります。
 六斎日と言うのは、善事を行う小準備でございまして、毎月八日、十四日、十五日、二十三日、二十九日、三十日が決められております。
 1ヶ月に六日、6回断食なり節食をして、その代わりに他の人に振舞っていきなさい。
 そういうのが六斎日でございます。誰に振舞うのでしょう。
 まずは家族にそういうふうに教えは続いております。
 施しというものは必ずしもお金ではないのであります、気持ち、奉仕、相手の役にたつもの、喜びのもとになるものであれば何でもいいわけであります。
 喜びの光を大きく、大きくしていくためにはどんな人々と分かちあったらいいのか?それは自分自身がどんなこころを持っているかによって決まってくると思います。
 大きな喜びを持てる人は、おのずと大きな器の人とご縁ができるのであります。
 徳が高い人より更に普遍的な大きな喜びを受け止めることができるのが芸能人である。また仏者と同格であるほどだというわけでありますから、古代人が芸能に対して深い畏敬の念を持っていたことがよく分かるんですね。
 人々の精神を高めて、陶酔させてあるいはリラックスさせる芸能は、神事の領域であったというわけであります。(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)


2011/3/23 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 2回目(55分) mp3/25.4MB
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2011/4/22
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
訪朝報告 梅原先生
訪朝報告 佐々木道博様
土口哲光先生
第二講話「三教指帰」3回目
六道輪廻
十界
大日如来
細胞をきれいにする
明るくするために祈る
がんでも治る
お加持
   六道輪廻というのは、死後にどこかで体験するのではなくて、すでにこの世において体験していくのであります。テレビのワイドショーは、まさににこの六道の様子を私たちに見せてくれているようなものじゃないかなあと思います。同じ日本語を話しておっても、なにかしっくりこないことがあります。
 嫌な感じがする、そんな経験があられたこともあるんじゃないでしょうか。きっと十界の中の、異なった世界の言葉をしゃべっているのであります。
 地獄の言葉と、神様たちの言葉と会話しても何のことか分からないと思います。お互いに自分の言葉が一番だというふうに思っているわけでございますが、しかし仏さまはこれを理解できるのであります。
 お大師さまは、生命というのは大日如来から生み出されて、またそこへ戻るんだ、大日如来のもとに帰っていくんだ、宇宙こそが私たちの生命の故郷なんだ、というふうに教えて下さっているわけなんですね。
 自分たちのこの体はたくさんの細胞によってかたちづけられている、その細胞はご先祖さんなんだと。
 ご先祖さんは、いい徳を積んだ人もいらっしゃれば、悪い徳を積んだ人もいる。
 いい徳を積んだ人の細胞は明るく輝いておるし、悪い徳を積まれた先祖の細胞は暗くどんよりしておる。
 これが、暗いのが、真っ黒くなって出てきたら病気になったり、がんになったりしている。
 だからそのときには、この明るい光のある細胞をなおいっそう明るくすれば、その隣にある暗くなってる細胞は自然と明るさを増してきて直ってきていくんだ。
 そうゆうふうにして、その細胞をきれいにするために、明るくするために祈り、また実行していけば、がんでも治るんだということで、信者さんといっしょにお祈りしたり、お加持をしているわけでございます。
 そうしますと非常に奇跡的なことが次々に起こってくるんですけれども、私は先祖さまのこの細胞をほんとうに大事にすることが大切だということを言っているのです。
 だから自分はひとりぼっちでここにいるんじゃない、私の体には数え切れないほどの昔から続いている生命の力が込められているんだというふうに思えた瞬間じゃないかなというふうに思うわけであります。
 親を思うということは自分を思うことでございます。
 仏さまを思うということは自分を思うこと。
 仏さまを思うことは生命そのもの、私たちが生きている地球を、またこの世界を思うことにつながっていくのであります。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)

2011/4/22 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 3回目(70分) mp3/32.2MB
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2011/5/23
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
佐々木道博様
第二講話 三教指帰4回目 
北朝鮮
世界平和を願って
日朝関係
アジアの平和
山口大学から医学博士号
仏教思想
儒教思想
大欲の教え
   南先生と石田先生に連れられて最初に北朝鮮に行ったんですけれどね、私は北朝鮮に行くときに、なぜ行く気持ちになったかというと、やっぱり世界平和を願って世界各国を周っておったんですけど、どうしても日朝関係、このアジアの平和が無い限りは世界平和は無いなと思って、まずそれにしても自分の眼で本当に見て、それから平和について語らんといけないなと思って、それで私は先生たちにお願いして連れていっていただいたんですね。
 4回行くあいだに自信を持って言えるようになったのは、皆さん方もそうだと思いますが、日本での報道といったものは、あそこは本当に悪い国だと、とにかく嘘つきで人を殺すのも平気だし、何でもやるというようなことしか言われなかった、それで食べられない、人間が大変はひとたちばっかりだというようなことを聞かされておられた。私もそうだったんですから。だけども、自分の眼で見てどうだろうかと行って見たときに全然違ったんですよね。
 私はかつて臓器移植に関する日本人の意識調査をまとめて、山口大学から医学博士号をいただいたのでございます。
 親からいただいたこの体はたとえ死後であっても損傷してはいけない、そういうように考える人がたくさんおったわけでございますけれど、これは仏教思想というよりは儒教思想である。臓器移植が日本で発展していかないのは仏教の影響ではないかという考えを正すためにこれを書いたのです。
 仏教思想というよりは,、儒教思想が大きく反映しているというふうにこの論文で指摘したわけでございます。
 その源流がお大師さまの著作にあるわけでございます〜大切なことは自分は今、どんな欲に迷っておるかということを知ることであると思います。
 亀毛先生が語った幸せというのは、死ぬときにはみんなこのように老いていかなければならないものばっかりでございます〜自分だけの小さな欲ではない、集まった財も友情も愛情も多くの人と分かち合うようにしなさい、そうゆうふうに密教は教えるのであります。そして初めて欲は輝きを増していくのであります。
 たくさん集めて、たくさんの人に分かち与えていく、これが大欲の教えでございます。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2011/5/23 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 4回目(68分) mp3/31.4MB
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2011/6/22
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
「報道特集」上映
佐々木道博様
第二講話 三教指帰5回目
和光同塵
超能力を安易に使う危険
大興善寺
和をもって尊しとなす
不老長寿
錬金術
水銀

稲荷神
   光を和らげというのは、「老子」にある和光同塵、これにもとづく言葉でございまして、徳を持っているけれども外には出さないということを表しているのであります.
 密教の密というのは、教えをみだりに公開しないで人物を選んで伝えることを表してもおるわけであります。 お大師さまはこの三教指帰を書かれた若いときの日に教えの本質を読み取って短い文章にこれを書いていらっしゃった。お釈迦さんも孔子も神秘主義を避けて合理的な教えを広めようといたしました。
 それは超能力を安易に使う危険を熟知しておったからであると思います。
 道教もまたその危険を承知して術は秘伝としたのであります。見えないものの力の存在を否定してしまえば私たちは我執にとらわれてかえって闇に迷うことになります、あるいは呪術を妄信いたしますとこの世の生きる光を見失ってしまって、これも迷いの道に入る危険をはらんでいるわけであります。
 人間は一人ぼっちで生きているのではありません。
 社会の中で生きているのであります。社会との調和が大事であります。しかし、それだけでは人間だけのことを考えて大きな自然との調和が欠けてしまいます。調和を忘れた個人主義の行き着くところが家族崩壊であります。
 私は中国の西安の大興善寺を訪れましたときの挨拶で、聖徳太子のお言葉である「和をもって尊しとなす」という言葉を贈りました。日中は歴史などを巡って今だ、まだ溝がありますけれども、一つ一つ検証すべきは検証して争わず、互いに和を図っていくということが大切なことを説いたのであります。未来に向かってこころを合わせることが大事であるんだと。中国の僧侶たちもよく、私がそう言ったら理解してくれました。
 中国で金といいますと、不滅のものであって不老長寿をもたらすものであったのであります。道教の仙人が求めたものは不老長寿でございますから、錬金術はその秘術の一つであったわけであります。
 金を作るのに欠かせないのが丹(たん)、つまり水銀でございます。仏教は古代の先端技術集団との絆をもって世界に広がったのかも知れないのであります。
 お大師さまが出会われたという稲荷神は、お大師さんが唐で出会った人たちだったと考えられないこともないのではないかと考えられます。(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)


2011/6/22 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 5回目(57分) mp3/26.4MB

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2011/7/19
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話 三教指帰6回目 
灌頂
水が大事な役割を果たす
閼伽
虚空
不老長寿
自然の中で正しい生活をすることが大前提
   密教の大切な儀式に灌頂(かんじょう)というのがございます。お師匠さんに出会って、仏さまの弟子として入門するというための儀式が灌頂なんですけれども、この時に水が大事な役割を果たすのであります。これは宗教的な甦りの意味を持つ儀式であるわけであります。ご本尊に水を供える時に唱える閼伽(あか)の真言は、水は虚空(こくう)と等しきもので、また等しからざるものよ。そうゆうふうに呼びかけているのであります。
 閼伽というのは梵語の音を写し取ったものでございまして、本流、水の意味を持っているのであります。水は虚空と同じく無限の力を持つものであって、またそれ以上の存在であるというふうに信じられて来たのであります。水が何故この宇宙生命の一環と考えられかと言いますと、まずもって生育力の不思議にあるというふうに思います。食物も水があって育つのであります。私たち人間もまた動物も等しくこの水によって生き、育っていくのであります。
 密教では、この灌頂の他にもいろいろな儀礼に当って、早朝に五夜の水を特定の井戸から汲む儀式がおこなわれております。平成六年に亡くなった私の母親は、戦時中も休まないで毎朝四時の清らかな、四時には水に花が咲くと言われる時間なんですね、この時に寺から十分位行けば海がありましたから、そこに行って海水を汲んで一日の行の初めとしておったのであります。大海原から汲み上げる尊い水の生命力を頂いて、そしてお祈りをしていたというわけであります。水の音は本来、故郷の音、母の音、生命の音であるわけであります。せせらぎも波の音も、海鳴りも、清らかな水であるほど元気いっぱいの生命力を宇宙の彼方から届けてくれるのであります。不老長寿はこのように、自然の中で正しい生活をすることが大前提なんだというふうに、この虚亡隠士(きょもういんし)は説いたのであります。それからおもむろに秘薬について教えていきます。
 仙人の薬であります。白朮(はくじゅつ)、黄精(おうせい)、床子(しょうし)、谷実(こくじつ)の類は内の病を除き、蓬の矢(よもぎのや)、葦(あし)の戟(ほこ)・神符(しんぷ)・呪禁(じゅきん)の類は外の難を防ぐ、こうゆうふうに言ってます。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)

2011/7/19 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 6回目(59分) mp3/27.1MB
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2011/8/24
 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
大仏師 松本明慶先生
第二講話 三教指帰7回目 
ブータンという小さな国
チベット仏教
21世紀はこころの世紀
産業革命
戦争の世紀とされた20世紀
仏教が世界各地で見直されてきている
北朝鮮にも仏教は残っております
金日成主席観世音菩薩
成仏寺という寺に安置
密教系の寺
対立よりも調和
あるがままを受け入れる
国民幸福指数
   東ヒマラヤの奥にブータンという小さな国がございます。去年だったかしら、ここの総理大臣から各大臣がうちにお参りに来られて行にあって帰られたんですけれども、ここはチベット仏教の流れを汲む小さな仏教国なんですけれども、長い間外国人の入国を制限してきましたので、お国柄はあまり知られていないのであります。この国の面積はスイスとほぼ同じくらいで、人口は55万人でございます。その79%が農業で生計を立てているのでありますけれども、いわゆる小作人というのはいないんですね。ブータンでは全員が土地を所有しておるようであります。
 21世紀はこころの世紀であるとも言われております。産業革命以来、人類は大きく進歩してまいりました。しかし、その間の様々な発明は、大きな戦争に使われるマイナスの面もあったわけであります。戦争の世紀とされた20世紀を経まして、人類はいま失いかけた貴重なもの、それはこころを取り戻そうとしているのであります。その推進力として仏教が世界各地で見直されてきているのであります。
 閉鎖的な社会主義の国と言われておる北朝鮮にも仏教は残っております。私が今年持って行きました観音さま、金日成主席観世音菩薩というのを私が拝んで北朝鮮に持って行った。北朝鮮の国が、これを、私の行為を非常にありがたく受け止めいただいて、そして有数な、1200年前にできた、成仏寺という寺に安置していただいたのであります。というのは、最福寺を認めていただいたということであると思います。また、池口恵観を認めていただいたということになるというふうに私は思っているわけでございますが、ここの北朝鮮には大きな寺が、綺麗な素晴らしい寺が六十ぐらいあるんですね。それはほとんど密教系の寺であります。
 お坊さんたちは、毎日その寺で祈って、そしてお経を詠んでいるのであります。そして、暇があれば農業をしていらしゃるんだと思いますが、ほんとうに農家の人のように真っ黒けでございます。手もやっぱり荒れていらっしゃるから、お経だけあげているという方々じゃないんだなあという感じをいたしました。私も、ここを訪れて、北朝鮮の寺でお祈りをしてまいりました。寺を守っていらっしゃるお坊さんたちから、貧しいながら清らかなこころといったものが伝わってきたのであります。
 対立よりも調和を、あるがままを受け入れることを教義の基本としている仏教が今、ようやく見直されて来ているのであります。
 このブータンの本を書かれた王妃は、1955年生まれ。同じ年生まれの国王と結婚なさって、若くして王妃となられたわけであります。かつて日本においでになった若いブータン国王が、大変りっぱな様子であるので、日本人の関心を非常に集めました。
 日本の着物に似ている「ゴ」という民族衣装にも親しみを感じたんじゃないかなあと
いうふうに私は思っているんですけれども、そのブータン国王は16歳で即位されますと、国民幸福指数という概念を国の基本にするということを声明なさったのであります。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2011/8/24 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 7回目(61分) mp3/28.2MB
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2011/9/21
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話 三教指帰8回目
儒教の教え
人間と人間のかかわり
自分というのは何なのか
生命を知ること

生命の手ごたえ
道教の教え
生命のネットワーク
   この世の立身出世、恵まれた生活と安定した家庭。徳を積んで行けば公私に渡ってそうした俗世の幸せを得ることが出来るんだと言うふうに、上巻におきましては儒教の教えを説いたわけでございました。
 人間と人間のかかわりの中で、どのように生きるべきであるかということを説いている教えでございます。しかし、身を律して功成り名を遂げて、なお人というものはどこかまあ満たされないというような思いを抱くものであります。
 この世の中の幸せというものは、あの世に旅立つときにはすべて置いていかなければならないものであるということに気づくわけであります。この世で得た仮の姿でない本当の自分というものが、どこにあるかということを知るというわけであります。その物や事を取り除いたところの自分というのは何なのか、そうゆうふうに人は更に求めます。
 お大師さまが次に語られるのは、人間社会よりも大きな世界、地球であり自然の中で人間を知って、生命を知ることであります。
 この自然の中で生きることによって思いがけない力を得て、生命の手ごたえを知るというのが道教の教え、中巻ですね、まぁそういうふうに中巻では説かれました。
 しかし、それは自分の世界に浸っておって先に進まない。生命のルールから外れる危険性をはらんでいるということも、お大師さまは諭していらっしゃいます。
 深山で、森の奥で自然と共に生きていけば、生命の充足感は得ることが出来ると思いますけれども、より多くの生命のネットワークには繋がらないのであります。
 生命というのは、多様な生命のネットワークの中で輝きあってこそ本当の充実となるのであります。その道へ導いていくというのが、下巻の主人公の仮名乞児(かめいこつじ)でございます。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2011/9/21 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 8回目(66分) mp3/30.5MB
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2011/10/24
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話 三教指帰9回目 
台湾の建国百年
見知らぬ国の人との出会い
嬉しい出会い
傷つくような出会い
得意になったような出会い
落ち込んでしまうような出会い
東日本大震災

人と人とのネットワーク
 
   私はさきほど、台湾の建国百年によばれて行ったということを言いましたけれども、そのときに横にいらっしゃった外人の方がぎこちない感じであったもんですから「どうしたんですか」と話しかけましたら、iPodを出して自分の背骨を映しているのを出しまして「腰のここがこんな風に歪んでしまって、ここが痛くてどうにもならない」とおっしゃるから、「ちょっといいですか」と言って皆がたくさんいらっしゃるから、ここでこうゆう風にして手をおいとったんですね。そしたら「ビリビリくる」、電気が来るような熱くなったと言うてらっしゃったんです。そして一時、10分位したら立って「良くなった」ということで非常に明るくなられたんですね。その人はクウェートからクウェートを代表して来られた偉い人たちの集団の中に、私がころもを着とったもんだから、そこに座らしてもらったのでした。
 星の数ほどもあろうかと思うような世界の人々の中で、私たちは常にいろんな方々との出会いを繰り返している訳ですね。それには嬉しい出会いもあれば、傷つくような出会いもございます。ちょっと得意になったような出会いも、落ち込んでしまうような出会いもございます。
 今、言いましたように見知らぬ国の人との出会いもこうしてあれば、長年知らずに生きてきたところの近隣にの人との新たな出会いもあるわけであります。最近ではネットが登場いたしまして出会いの形というのも非常に激変してきております。
 平成23年3月11日、東日本を大震災が襲いました。マグニチュード9という世界でも稀な、千年に一度という海底地震によりまして東北の太平洋沿岸一帯に巨大な津波が押し寄せて、おびただしい数の犠牲者が出た訳でございます。そして町や村が一瞬にして津波に飲み込まれて消滅してしまいました。この恐ろしい惨事の中で人々は思いがけない出会いを体験したはずであります。
 見知らない人に手を差し伸べて、あるいは地域の絆で生き延びて、あるいは新しい土地との出会いも数限りなくあったはずであります。
 こうした出会いを仏教では縁と言って大切にしてるんですね。縁というのは人と人とのネットワークを結ぶために欠かせないものであるわけであります。思ってもみなかったこのご縁によって人は人生の旅を導かれていくわけであります。(ホテルグランヴィア京都 古今の間) 


2011/10/24 恵観塾(京都)
第二講話 三教指帰 9回目(63分) mp3/27.8MB

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2011/11/21
恵 観 塾 
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話 三教指帰10回目 
生きるということは喜怒哀楽の繰り返し
この世の中は仮の姿
死の恐怖
仏さまの教え
潜在意識
死の恐怖
生きるものは必ず滅び
出合ったものは必ず離れる
形は時が来れば消える
   私たちが、人間が生きるということは喜怒哀楽の繰り返しでありますね。感情が私たちの暮らしを彩るわけでありますけれども、穏やかなときばかりではないですね。怒涛のような感情の波に翻弄されて、自分を忘れて海の底に沈んで、あるいは高波の頂点へ放りあげられることもあるわけでありますけれども、波が静まりますと激動の時はまるで無かったかのように平穏な海原に戻るのであります。
 私の寺はどこも、鹿児島も江の島も、海がそこに見えてます。江の島もすぐ隣が海でございますからね。ものすごい荒れた時がありますし、平穏で鏡みたいにしている時もあったりします。これが荒れ狂おうと、また安らぎを与えてくれようと海は海であります。また、水は水であるわけであります。
 生命というのはなにがあっても変わらずに、前へ前へと進んでいくわけであります。嵐は仮の姿。海が見せる変幻でしかないわけであります。
 感情を自分の本心であると勘違いをしてしまって、振舞わされることがないようにしなさいというふうに仏さまは教えて下さっておるのでありますが、仏さまがこの世の中は仮の姿なんだというふうに教えていらっしゃるのは、このようなことであるわけですね。しかし、教えられてもなかなか実感することはできないですね。人は感情もまた自分の実像の一部だと思って生きているわけであります。生きる自分の姿を少し離れたところから眺めてみますと、思いがけない発見があるものであります。
 私たちは、この世の中にこうして肉体をもって生まれてきて、そして生きているわけであります。誠に不思議なことに毎日誰が命令するのか目覚めて、動いて、働くわけですね。病気の人もどこかが動いて働いているのであります。この体の働きが停止いたしますと、私たちの肉体は滅びてしまうのであります。
 私たちの潜在意識にはいつも死の恐怖があります。それが仏の道を知らずに歩いている人たちのごく普通の有り様であるんだろうと思います。
 死はすべての生命に平等に訪れて来るのであります。生きるものは必ず滅びて、出合ったものは必ず離れる。仏さまの教えはここに極るわけであります。この世の中というのは、生命が形になって現れる世界であるわけであります。形は時が来れば消えるものであるわけでございますけれども、実は生命は消えない。それも仏さまが教えられる真理であるわけであります。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2011/11/21 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 10回目(63分) mp3/29.0MB

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2011/12/21
恵 観 塾 
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
丸山みどり様フルート演奏
第二講話「三教指帰」12回目
恵観米
何を幸福と思い、また何を不幸とするのか
内なる仏さまの導き
なにかが間違っている
何のために教育を受けさせるのか
儒教の世界
道教の思想の範疇
生命そのものが充足する生き方
こころの持ちよう
仏さまの教え
問題は山積
有史以来の大転換
変革の時代を乗り切る
真実の教えとは何なのか
   私たちは何を幸福と思い、また何を不幸とするのか。いつが最高のときであり、どんなときをどん底というふうに知るのかというふうな、人間は過ぎ去ったことは知ることができるわけでございますけれども、これからのこと、たった今のことはよく分からないわけであります。分からないままに毎日、毎日私たちは生きておるわけであります。だからこそ、目標をたてて努力をして、あるいは足元を確かめながら、前へ前へというふうに歩いているわけであります。
 先が見えないなりに人は前を向いて歩いております。闇の先に光があると意識の深いところではそうゆうふうに知っているからだというふうに私は思っておりますが、それが内なる仏さまの導きなんだというふうに信じておるわけであります。この内にいらっしゃる仏さまを信じられないと、道に迷ってしまうのであります。パニックを起して、かえって方向を見失ってしまって、災難にあってしまうということになるわけであります。
 三Kなどというふうに言われた、きつい仕事は嫌われるようになってしまった。農業とか漁業、商業の担い手というのがいなくなってしまって、地方の町とか村は老齢化が進んでしまったのであります。
 なにかが間違っている。そのように私は思います。何のために教育を受けさせるのか。そして、郷里を離れてサラリーマン生活をしても、都会の狭い住まいで、窮屈な人生を送ることになるのであります。このところそうした生活に疑問を持って、真に豊かな人生を求めて地方で暮す若者たちが出てきたということをしばしば耳にいたします。
 立身出世という言葉は、忘れられようとしてきておりますけれども、やはり社会的に高い地位を得て生涯を送りたいというふうに考えている人たちは沢山いるわけであります。それは儒教の世界であるというふうに言えると思いますね。地方で自然とふれあいながら、のんびり暮らしていきたいと家族揃って都会を去る人たちの生き方は、道教の思想の範疇であるんじゃないでしょうか。しかし、それで満足なんでしょうか。お大師さまが説かれるのは、そうした形にこだわるんじゃなくって、生命そのものが充足する生き方でございます。自らの心身を磨いて、他の人々にその力を分かち合っていく、そういう生き方、こころの持ちようが仏さまの教えであるわけであります。
 地球温暖化、環境破壊、自然災害、経済の行き詰まり、問題は山積しております。アフリカでは飢餓が深刻化して、ヨーロッパは金融危機が起こって収まりません。アラブ諸国に吹き荒れた民主化の嵐も、未だ収まったわけでもないわけであります。東日本大震災、ニュージーランド、トルコ、いろんなところで大地震が起こっているのであります。福島県の原発の爆発は、日本だけではなく、世界に大きな衝撃を与えました。タイの洪水の被害も広がっているのであります。有史以来の大転換が起きているのであります。その渦中で私たちは活きているというわけであります。
 こうした激流はまだまだ暫くは続くだろうと思います。これまでの価値観とか、社会の仕組みが変わるかもしれないのであります。人びとの意識に変化が現れてくるというようなこともあるんじゃないでしょうか。流れにすくわれないように、変革の時代を乗り切っていかなければいけないと思います。
 若き日のお大師さまが書き残されたこの三教指帰には、真実の教えとは何なのかということが込められているのであります。(ホテルグランヴィア京都 古今の間)
 

2011/12/21 恵観塾(京都) 第二講話 三教指帰 12回目(64分) mp3/29.4MB
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