恵観塾   京 都 2013年 Ekanjuku 2013 Kyoto - Dainichikyokaidai           HOME

大日経開題

2013/2/20 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話
大仏師松本明慶先生
第二講話「大日経開題」1回目
口伝
声字実相義
身口意
三密修行
体力を付ける事
能力を鍛える事
こころを正しく保つ事
真言密教の祈りはリズムに始まってリズムに終わる
   師から弟子に伝えるのは多くは口伝。つまりは言葉で伝えて来たというわけですね。書いてマニュアル化するということはしてこなかったわけであります。「愚においては毒となり智においては薬となる、故によく迷い、またよく悟る」」。声字実相義にはお大師さまは書いていらしゃいます。
 薬を愚かに使ってはならないんだ。知恵として使うように。お大師さんの教えを私たちは毎日、毎日こころにおいていきたいものであります。
 お大師さまの教えの基本は三つの調和でございます。これを密教では身口意と言っております。密教秘法を施しることは身口意を清める三密修行であるというわけであります。体力を付ける事。能力を鍛える事。こころを正しく保つ事。それは私たちに備わるすべてを使って生きることであります。
 この三密修行というのは、真言を唱え行をして瞑想するという手法だけではなくって、日常の生活そのもので行をするものであります。毎日御本尊さまと御先祖さまに一日の始まりに無事を祈っていらっしゃると思いますが、一日の終わりに感謝をしていらっしゃるでしょうか。それだけであなたのこころは随分掃除が行き届くことになるというわけであります。綺麗なこころが仏さまとの道を開いて行くというわけであります。
 明るい御仏の光の下で生きるという事がどれほど心地いいものであるかということを教えてくれます。毎日こころの窓を開いて爽やかな風を入れるようにしたいものですね。
 真言密教の祈りというのはリズムに始まってリズムに終わるといいましょうか、生命のリズムをとても大切にしているのであります。私が皆さん方の病気になられたり、いろいろ願いがあるときに加持というのをやります。あれはリズムを整えることが一番大事なんですね。
 リズムを整えたらスッと元に返っていく。この前、逆子になっているという人が来られました。そのリズムを整えるお加持をしました。そしたらその場で(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2013/2/20 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 1回目(60分) mp3/27.6MB
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2013/3/21 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
医学博士 近藤元治先生
第二講話「大日経開題」2回目
宇宙に遍満する仏さまの知恵
大乗のこころ
難信の法を信じて、難入の門に入らん
狭き門を通るための修行
だれもが仏になれる
広眼尊
広大な眼を持つ大日如来が説く教え
同悲のこころ
   私たちは教科書もなくお師匠さんもいない状況で道を開いていかなければならないことが、往々にしてあるわけであります。そして考えながら進んで行かなくてはいけない。その苦闘の果実を得た時にどう考えるのか。そこに二乗に陥らない教えがあるのであります。これは自分が独自で考えたことだというふうに自分の発送にこだわってしまいますと、そこからは進歩も発展もないのであります。独自で考えたんじゃないんだ。この宇宙に遍満しているところの仏さまの知恵を頂いたんだ。そうゆうふに思えるのが大乗のこころであるというわけですね。
 大乗というのは皆で一緒に船に乗って仏さまの世界に行きましょうやという教えですね。これに対して一人で行をして悟っても、これは仏さまの世界に到達することは出来ないというふうに厳しく戒めておるのであります。しかし、大乗のこころだけではまだ本当の悟りの世界、仏さまに抱かれた幸福と安心の世界には至れないよというふうに大日経は説いているのであります。
 大日如来は奥深い、明るくて住みよい土地に住まってらっしゃって、言葉で説くんじゃなくって思考を止めた深い瞑想によって生命の真理を追求していらっしゃるんだよというふうにお大師さまは説いてらっしゃいます。
 そこは言葉で真理を表すことを止めた照潤の心地であると思います。いたずらにお喋りをしないで、つまらない考えを止めて、こころを明るく閏わせておれば大日如来の住んでいらっしゃる宮殿に入ることが出来るというわけですね。その宮殿の門を入りますとたちまちに計り知れない幸福と知恵を手に入れることが出来るというのであります。大日経開題の大毘盧遮那の巻にありますところの、このあたりのお大師さまの文を読んでおりますと何とも満たされた幸せな気分になるんです。
 ここでは「難信の法を信じて、難入の門に入らん」、こういうふうに教えております。言葉もなく思考も無いひたすら瞑想深めて至る仏さまの世界というのは、なかなか信じ難いけれどもこれを信じる者が入り難い門を入ることが出来るというふうに説いているのであります。この狭き門という教えがキリスト教にあり、通じるところがあるんだなというふうに私は思っているのであります(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)


2013/3/21 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 2回目(55分) mp3/25.5MB
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2013/4/23
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話朝鮮総連本部ビル落札経緯
第二講話「大日経開題」3回目
臨済宗妙心寺派宝積玄承先生
私たちはどこからやって来て、どこへ行くんだろうか
大日如来
苦しみを癒す
大毘盧遮那
除闇遍明
明暗他にあらざれば、信修すればたちまちに証す
誰のこころにも闇がある

   私たちはどこからやって来て、どこへ行くんだろうか。存在の原点が私たちには見えないのであります。それでも私たちは確かに存在しているわけであります。
 生命もまた、目には見えませんけれども、あらゆる生き物を生かしていることは確かであります。その生命エネルギーのもとが大日如来でございまして、生命の根源が持つところの知恵を般若というふうに呼んでいるわけであります。私たちを生かして下さっているエネルギーを密教では慈悲というふうに呼んできております。
 慈悲の働きによって生命が育まれて、苦しみは癒されて生きる力が涌いてくるというわけであります。この慈悲の働きが知恵の泉から涌いて来るんだということが出来ますけれども、さて苦しみを癒すにもどうやって癒すかを知らなければ癒すことはできない。救いたいと思っても、救う手立てを知らなければ救うことは叶わないわけであります。
 知恵が完全になって初めて仏さまになるわけであります。大毘盧遮那というのを漢語に翻訳しますと、除闇遍明であるというふうに言ってます。闇を除いて、あまねく明るい存在。完璧な光こそが大日如来であるというわけです。
 明暗他にあらざれば、信修すればたちまちに証す。お大師さんの言葉です。悩みとか苦しみというものは決して他の者が作っているんじゃないんだ。みな自分の内なる世界から、こころの闇から生まれたものなんだというふうにお大師さまは言っていらっしゃるわけであります。
 そうであるならば、まず私たちは
自分自身のこころの闇を見つめてみることから始めなければいけないんじゃないかなと思いますね。誰のこころにも闇があるんです。その闇を見たくないといって顔を背けておったり、あるいは無いものとして振舞っておったんでは、本当の自分と出会うことは難しい。始めは闇の中で、曇った目で見つめるのでありますから、手に当たるもの、ぼんやり見えるもの、あるいは波動を感ずるものすべてが実在しているものを思って、これにこころを悩まされる訳であります。この闇を取り除いていけばおのずと明るいこころになって行く。それが除闇遍明であります。お釈迦さまは35才の時に菩提樹の下で悟りを開かれました。この時に悪魔が(ホテルグランヴィア京都 古今の間)

2013/4/23 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 3回目 (57分) mp3/26.1MB
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2013/5/22
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
焼八千枚護摩供百座成満お祝いの会
池口豪泉僧正
大仏師松本明慶先生 
前段の行
五穀断ち
十穀断ち
断食
十万遍のお不動さん真言
梵網経
八千枚護摩行
真言密教最高の秘法
行者は自分のために祈るんじゃない
一身に人の幸せを願う
ひたすら念じ続けていくというのが真言行者の行である
   八千枚を焼く日の前に心身を清めて、21日間の前段の行があるわけでございます。一般的に前段21日間の前半の14日間を前行といたしまして、1日に最初の間は1食、それから段々減らしていきまして五穀を断っていきます。そして、一週間くらいになりますと十穀を断ちます。五穀と十穀というのは塩ですね。これを断つわけです。そして最後の一週間を断食するんですね。この前行がいわば準備期間のようなことなんですけれども、後の七日間、こから水だけでいくわけです。その間に十万遍お不動さんの真言を繰っていくんですね。そして八千枚を焼く最後のまる一昼夜、24時間前から水も断つんですね。
 なぜ八千枚を焚かんといかんかと言いますと、梵網経(ぼんもうきょう)というお経にお釈迦さまが前世で修行をされた時に娑婆と彼岸を八千回往復して自分の力を高められて数限りない衆生を救って成仏したというのが書いてあります。そこからできたというのが定説であるようでございます。これをやれば霊験、功徳を頂いて無数にあります妄信を焼き尽くすのが八千枚護摩行であって、真言密教の最高の秘法であるというふうにされているわけでございます。そして、どのような霊験とか功徳がそれをやれば得られるのかと言いますと、「心に願い求むる所の者、皆悉く成就することを得。発言咸く意に随い、攝召する所即ち至る」。思うことが全部成就すると書いてあるんです。
 最初の行が達成されればこれだけの霊験とか功徳が得られて、更に飛ぶ鳥を落としたり、河川の水を自由に操ったり、また山をも動かすことが出来るというような大きな表現がしてございます。そのように、この行をすればいろんな力が得られるんだということが書いてあるんですね。
 焼八千枚護摩供というのは、それだけの法力が付く行だということでございます。しかし、私は父から「人が喜んでくれて初めて行の意味が分かるんだ。人が幸せになっていただいて、また喜んでいただけたらその喜びによって仏さまが自分たち行者を守ってくださるんだ」。そうゆうふうに教えられた訳でございます。つまり行者というのは自分のために祈るんじゃなくて、人のために祈って初めて仏さまから加護していただけるということであるわけですね。どんなに行を積んだといたしましても、自分の幸せを先に祈ってはならない。祈りというのは、人のためにこそあるのであって、行者のためにあるんじゃないんだ。しかし、一身に人の幸せを願って祈っておれば、必ずその人の喜びが行者を守ってくれるんだという訳でございます。この世にはいろんな苦しみを背負って、また光を求められる人がいらっしゃいます。そういう人がいらっしゃる限り、ひたすら念じ続けていくというのが真言行者の行であるというわけであります(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2013/5/22 恵観塾(京都) 「焼八千枚護摩供百座成満お祝いの会」 (31分) mp3/14.3MB
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2013/6/19
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
滋賀・高島ベースボールクラブ監督 伊藤様
歌手・にしきこうじさん
第二講話「大日経開題」5回目 
理趣経
密教は否定するよりも肯定を受け入れようという教え
こころというのは何なのか
人間というのは何か
内と外との統合の時代
般若心経は大いなる真言

陀羅尼
大日如来は生命の源流
生きとし生けるものの生命は皆同じ

   お大師さまがもっとも大切にされた経典が理趣経というお経でございます。この経典は人間の生き方について説いているお経でございます。生きることは欲という燃料によって前に進んでまいります。この経典には欲についていろんな例えが出てきます。食欲、性欲、名誉欲、財産欲などきりがありません。この経典は性欲について書いてあるからといって特別視する人もいらっしゃるわけでございますけれども、そうではないんですね。煩悩というのは生命力のひとつである。そのままを受け入れて、欲とは何かということを説いているお経であるわけでございます。
 禁欲的というような言葉がございますけれども、密教は否定するよりも肯定を切り捨てないで受け入れようという教えでございますから、欲に対する考え方は大きく深いものがあるわけであります。
 外へ外へ人間の持つ能力を社会の発展や機械、つまりは生活から武器に至るまで、あるいは地球の自然、宇宙までもと外なる部分を開発して来た人間が、今もう一度内なる自分に立ち返ろうとしているのであります。
 内へ内へ、この21世紀はそんな時代である。それは科学と遊離した宗教ではなくて、科学と共にこころというのは何なのか、人間というのは何かということを追い求めて行く。内と外との統合の時代に入って来たんだというふうに私は受け止めているのであります。本当は内なる世界も下界も同じものだというふうに密教は教えております。生命というのはあらゆる形態を取りながら存在しているのであります。究極の生命の形と申しますか、それが般若心経が教える世界の事であります。
 お大師さまはこの般若心経を大いなる真言、つまりは咒(じゅ)であるというふうに教えていらっしゃる。陀羅尼、つまり真言というのは明るいものなんだというふうに言っておられるのであります。仏さまが光によって伝えて下さるエネルギーに呼応するものが、即ち陀羅尼でありますから、般若心経がどれほど大きな力を持っているものであるのか、それは無限のパワーを秘めているんだというふうに私は思っているところであります。だから、何かあったら、何かを願う時にしっかりと般若心経を唱えてみなさいと、大きな声で。必ず何かが、結果が出てくるという事を言っております。
 大日如来が生命の源流でございま
す。生きとし生けるものの生命というものは皆、同じものであるわけであります。それが密教の基本になっております。あなたも私も、また空を飛んでる鳥も、ペットの猫や犬も、海を泳いでいる魚も、風にそよいでいる葦も、街路樹も、この地上に生命をあらわしているものすべて等しく大日如来から頂いたものであるというわけであります(ホテルグランヴィア京都 古今の間)

2013/6/19 恵観塾(京都)) 第二講話 「大日経開題」 5回目(62分) mp3/28.4MB

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2013/7/22
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
オフィス・ペン白土辰雄先生
第二講話「大日経開題」6回目 
密教の強みは実践的な呪力
儀軌
密教経典
加持
八千枚護摩行
求聞持法
加持のパワー
北米大陸、南米大陸伝道部長
生命の尊さ
仏さまの贈り物
   加持のパワーというのは時空を超えて伝わって行くもんだということは私の長年の実感でございます。遠くにいらっしゃる方々の悩みを電話なんかで聞きながら、距離に関係なくお答え出来るように一生懸命お祈りをします。そしたらいつの間にか熱が引いたとか、お腹が痛いのが直ったとか、いろんなことが起こるんですね。
 私の亡き母にいたりましては地球の裏側のことまではっきり説明をしておりましたから非常に驚きなんですけれども、まさに光の速さで情報が伝わるような感じでございました。
 私は昔、高野山真言宗の北米大陸、南米大陸の伝道部長としてずっと北米大陸、南米大陸を周っておったんです。どうしても自分で解決出来ないことがあって、これ位しかお金がないんだけれども、これで買えるアパートとか家は無いだろうかということを聞かれるんですね。私も分からないもんですから電話で母に聞くんです。そしたら母が、「そこからどこへ何キロくらいどっちへ行ったらこおいう建物があって、それを右にどれだけ行ったらいいとか、それをまたそこでこういう建物があって、こういう木があるからそれを今度は左へ何キロくらいづうと行ったら」と書いていけと言うんですね。書いていったその先に白い建物があって、プールもあるから、その家がそのお金で買える家だから行ってみなさいと言われて、それをやったらその通りのがあったんですね。それできっちりその人が持っている値段で買えたんです。
 私たち行者はこうして沢山の方々のお役に立てるということが何よりの充実感であるわけでございます。生命の尊さをお一人、お一人から教えて頂ける有難さ、また仏さまの贈り物であるというふうに思って行の励みとして来たというわけでございます。生きとし生けるものすべては誰かと何かとつながって生きているわけですね。私たちは一人で生きることは出来ない訳でございますから、そのつながり、絆といったものを忘れていまったり、見えなくなってしまうと迷路に入り込んでしまうのであります。その迷路と言うのは生きる原動力を失うということであると思います。原動力は慈悲心でもあります。他の人を思いやるこころこそは、人間が生きる力を湧き出す泉であるということも知って頂きたいと思います(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)

2013/7/22 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 6回目(66分) mp3/30.4MB
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2013/8/21
 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
兵庫医大新家理事長
第二講話「大日経開題」7回目
こころが荒れてしまう
こころの飢餓に陥ってしまう
仏教には四苦と八苦がある
生老病死
愛別離苦
怨憎会苦

求不得苦
五陰盛苦
生きる原動力
四苦は生き物に等しく備わっている生命のありよう
   ものに溢れている日本でなぜこころが荒れてしまうんでしょうか。ひとつのものを得ますともっと欲しくなっていく。このもっともっとが高じていって、こころの飢餓に陥ってしまうわけであります。テレビゲームで楽しんでいるうちに次から次へ新しいゲームが出るのを待ちかねて買ってしまいます。子供が欲しがるから、他の子供と共通の話題が持てなくなるからといって、そういうことを心配して親はついつい買い与えてしまう訳ですね。
 仏教には四苦と八苦があります。四苦八苦ということを言いますね。生老病死のこの四苦に加えて、愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(おんぞうえく)、求不得苦(ぐふとくく)、そして五陰盛苦(ごおんじょうく)、これを加えて四苦八苦ですね。後の四つの苦しみはどれもが自分の欲望が満たされない苦しみばっかりでございます。愛別離苦というのは、愛するものと別れなければならない苦しみでございます。怨憎会苦というのは、嫌いなものにも会わなければならない苦しみですね。愛別離苦の逆の苦しみがこれです。求不得苦というのは欲しいものが手に入らない苦しみです。しかし、これらの苦しみというのはそのまま生きる力を内に秘めております。別れが耐え難いほど愛することが出来る力。怨念とか憎しみを覚えるほど強い執着心、欲しいと思う欲望。その欲望が抑えがたいほど湧き上がるパワー。どれも生きる原動力というものであると思います。
 人間にはもっといいものが欲しい、もっといい環境で生きていきたい。そういう欲望もあるわけでございますが、これらの欲望は皆生きる原動力でもあります。生命あるものはすべてこの欲望を持っておるわけであります。それは生き抜くために欠かせない生命の原動力でもあるわけであります。
 四苦八苦は苦しみではありますけれども、御仏が生きとし生けるものに与えて下さった贈り物であるというふうに私は受け止められるようになったかのような気もしております。生老病死というこの四苦は生き物に等しく備わっている生命のありようでございます。すべての生命は生まれて、老いて、病んで、死ぬというプロセスを持っているわけであります。若くして死んだり、事故や戦いで死ぬ生命もたくさんあるわけでありますけれども、そうしたアクシデントが無ければ生命というものは、この生老病死という道のりを経てこの世の旅を終えていくわけであります。しかし、次の四つの苦しみというのはどうでしょうか。それは(ホテルグランヴィア京都 竹取の間)


2013/8/21 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 7回目(69分) mp3/31.7MB
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2013/9/19
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話「大日経開題」8回目
仏さまというのはどこにいらっしゃる
人間はこころと共に生きている
こころについて詳しく述べているのが大日経
密教は手法を学べば限りなく偉大なパワーを手にすることができる
深い瞑想に入った状態を三昧という
原始仏教の経典
大日如来の教え
自分の中の葛藤
   お釈迦さまは瞑想によって悟りを開かれました。人間というのは何なのか。生きるということはどんなことなのか。深い瞑想の末に生命の真理を知られたのであります。深い瞑想に入った状態を三昧というふうに言います。贅沢三昧などが日常の言葉にも使って言います。三昧というのは、本来自分のこころに居られる仏さまと出会っている状態のことを三昧と言うんですね。
 ほかの雑事、雑念に囚われないで超越した一心の世界に入ることであるわけです。お釈迦さまが2500年ほど前にインドの大樹の下で、この三昧の境地に到達されて得た生命の真理が仏教の原点になっている訳ですね。すべての教えはここから始まったのであります。それはお釈迦さまが30才の時でございました。そのお釈迦さまの言葉を教えとして原始仏教の経典が作られたのであります。しかし、経典を極めていくだけではお釈迦さまが到達された悟りに触れることは出来ないのであります。
 密教はお釈迦さまが悟りを得られたその胸の中に飛び込んで行ったのであります。瞑想によってお釈迦さまと一対一で呼吸をして感覚を得ようとするのが密教の行であるわけであります。お釈迦さまの呼吸を自分の呼吸として一体となろうとするものであります。
 お釈迦さまが初めて瞑想によって仏さまの世界に入られたのでありますけれども、その後も有名無名の修行者たちが同じように三昧に入って、大日如来の教えに触れていったのであります。弘法大師空海、お大師さまもその一人であったのであります。
 三昧と自己催眠とは全く違うのであります。三昧というのは批判能力を持っております。三昧というのは頭脳が非常に明晰な状態であります。自分のこころを見つめて知る。私たちは自分のこころを知っているようで実は知らないことの方が多いんじゃないかなと思います。知っているのはほんの僅かであって、氷山の一角に過ぎないんじゃないでしょうか。どのような葛藤がこころの奥底に潜んでいるものなのか、次第に見えてくればそこから道が開けて来るのであります。自分の中の葛藤にハッと気づくと解放される、気がつかなければその虜になって、そっちの方に行ってしまうのであります。自分の妄想に引きづられて闇に彷徨うことになっていくのであります(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2013/9/19 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 8回目(61分) mp3/28.3MB

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2013/10/22 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都
第一講話 時局
第二講話「大日経開題」9回目
大仏師松本明慶先生
 
バカの壁
人の人たる道
仁義礼智信
人を活かすことが、自分を活かすこと
人の道は仏さまに成るための大きな関所
三毒
貧瞋痴(とんじんち)
日月輪
菩提心
   人とともに生きるために五戒はあるわけです。人を活かすことが、自分を活かすことだというふうに気づいたときに、わたしたちは初めて人と成ることができるというわけであります。人と成らなければ、仏さまに成ることはできないのであります。人の道は仏さまに成るための大きな関所であるわけでございます。峠を登ってようやく関所が見えますと、旅人は安堵します。悪いことをしておれば関所は恐ろしいところ。避けて通らなければならないところなんです。しかし、五戒などの良いことをしておりますと、やっと人に出会えるところ、自分が何者なのか、何なのかということを確認してくれる休息の場にもなるのであります。「無事に辿り着いた」、その安心がこころの壁を取り払うのであります。仏さまの光に気づくのです。
 インドで生まれた密教は、生命の基を五つの要素であるというふうにしております。物質としての五大、「地水火風空」、これにお大師さまはもう一つ「識」を加えて六大、六つあるよというふうにされたんですね。儒教の五常に仏教の善を加えると人としての道となるというふうに説いておりますけれども、それは十善の教えであると同時に、儒教の教えに、仏教の根っこであるところの慈悲を加えて、私たちが成すべき道を教えているんだというふうに私は思っているところであります。
 五つの戒めというのは、いづれも「不」という言葉が付いておりますように、何かしてはいけないことの教えであります。ネガティブな教えですね。そこに「善」、すべきことをもって来たというところにお大師さまの、あらゆることを肯定して生きるという教えがあるわけであります。お金を儲けて、そして贅沢をして毎日おいしい食事に明け暮れて、異性と楽しく過ごすことばかりを考えて生きていることが、実は空しい人生を送っているんだというふうに気づいたときに、人間は、おのれが高い崖に囲まれた深い谷間に立っておるということに気づくのであります。
 大人の深い知恵を持たないまま闇雲に危険な崖を登ろうとしますと、目の前に広がってくる闇に気づかずに登っていきますと、足を滑らして深い闇に転落してしまうのであります。
 それでもお大師さまは、闇の中でもがいている人を見捨てられません。悪人であっても救われるというふうに説いているのであります。もともと悪人なんかはいない。目覚めたときから救いの道が開けるのであります(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2013/10/22 恵観塾(京都) 第二講話 「大日経開題」 9回目(56分) mp3/25.8MB

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2013/12/19 
恵 観 塾
ホテルグランヴィア京都 
第一講話 時局
小林正明京都市会議員

第二講話「大日経開題」10回目
医食同源
大師陀羅尼助
こころの健康に必要な薬とは
浅い教え深い教え
般若心経
三蔵法師
タクラマカン砂漠
修験道の行
行こそが密教の根幹である
身口意
同悲のこころ
加持は究極の衆生救済である
即身成仏
人のために生きよ
   私は日本予防医学会の理事長をやっておりますけれども、最近の薬の研究といったものはとうとう遺伝子治療にまで及んでいるということを知りまして驚いているところでございます。そうした治療のためのものではなくて、サプリメントとか健康茶まで視野を広げていきますと現在人がどれほどこの薬を頼みとしているのかということがよく分かると思います。しかし、どこまでが薬で、どこまでが食品あるいは嗜好品なのか、その区別ははっきりとはしていないと思いますね。それもそのはずでございまして、医食同源という言葉がございますように、食べることは生命を保つことであるわけでございますから、食事そのものが薬でもあるわけですね。どのように健康に良いとされる食べ物でありましても食べ過ぎたり、体の状態に合わなければ健康を害する元になるわけでございます。
 これは薬だけではなくてすべての物事に当てはまることでございまして、あらゆるものには適度と調和というのが必要であるわけでございます。お大師さまはこの薬についての深い知識を持っていらっしゃいました。お大師さま自身がこの薬に精通していらっしゃったからだと思うんですけれども、高野山では今でも陀羅尼助(だらにすけ)という、大師陀羅尼助と名が付いた胃腸薬が売られておりますけれども、最近の日本ではインターネットで薬を買うことができるようになっておりますが、このことは功罪相まって論議が今も続いておることろでございます。薬は毒、また毒は薬であります。抗生物質のペニシリンはカビから発見されました。特効薬として長年にわたって重用されてきておりますけれども、体質によってはショックで死に至る人も出ているのであります。
 こころの健康に必要な薬とは何なのか、それが真言なんですね。例えば般若心経をただ教えを説く教典であるというふうに思いまして、黙読して、あるいはお坊さんが唱えるのを聞いているだけでは、これは浅い教えというふうに留まると思います。この経典を長い真言であるといたしまして仏さまに届く響きとして祈っていきますと、つまりは声高らかに唱えていきますと必ず真言の功徳を得ることができるということになっているんですね。これが深い教えであるわけであります。
 最初は経典として詠んでいる内にいつのまにか声を上げて唱えるようになっていきますと、その功徳を実感することができるようになるというわけであります。同じこの般若心経という薬でありましても受け止め方、また用い方によって効能が正反対にもなるという教えであります。
 お大師さまはこの般若心経とはただ教えが書かれているのではない、大いなる仏さまのパワーが秘められておるんだというふうに説いていらっしゃいますね。この経典こそが声を出して詠んで、あるいは写経することによって御利益を得ることができるというわけであります(ホテルグランヴィア京都 古今の間)


2012/12/19 恵観塾(京都) 第二講話 十住心論 最終回(80分) mp3/36.6MB

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