池口恵観勉強会  東 京 2007年 Ikeguchi Ekan Benkyokai Tokyo 2007 Rokudai  HOME

祈りのこころ・六大

2007/1/28
第86回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
上城先生
第二講話「祈りのこころ」六大
1回目
室町時代から500年以上続く行者の家系
廃仏毀釈
曽祖父の法力
呼吸法
法力
天狗になった先祖
南北朝時代
仙人
山岳修験者
修験の秘法
祖先は強いパワーを持った行者
山伏 呪詛 呪い
   私は室町時代から500年以上続く行者の家系に生まれております。修行の内容は、代々の口伝によるものでございまして、すべてが伝わっているわけじゃないんですけれども、私の家では明治維新の廃仏毀釈という政策によりまして、仏教が廃されたときの祖父の代で一旦断たれております。
 その後、一旦は教師になったりした父によりまして行者の家系が再興されるわけでございますけれども、その空白期に失われた記録もいっぱいあるかと思います。
 しかし、父が再び信仰の生活に入りました時に、まだ曽祖父の弟子であった古老たちが健在でございまして、曽祖父の法力を語ってくれる人たちがいっぱいおりました。
 曽祖父が亡くなってから時間が経っておったにもかかわらず、その法力が伝わるほどの行者であったわけでございます。
 米の粉で作ったピンポン玉ぐらいの小さな団子一個持って、水を持って、そして孤島に船で連れて行ってもらって、21日たって迎えにきてもらうというようなことを修行したり、三歩行って二歩下がり、三歩行って二歩下がりというような真言を言いながらですね、そして霧島の山の頂上まで行って行をして、そしてまた同じようにして帰ってくるというような行をしておったということを聞いております。
 先祖の人たちは何を食べて命をつないでおったんだろうか。仙人と言われる人は大気の中から生命のエネルギーを得て、食べなくてもパワーが落ちないんだとされておりますけれども、おそらく曽祖父たちは呼吸法によて大気から生命を保つ養分を得て、そして修行しておったんだろうというふうに思うとろこでございます。
 また天狗になった先祖もおったというふうに聞いております。天狗がもっとも活躍したのは、南北朝時代だという話しもございますけれども、山伏のなかでとりわけ強い法力を得て人々を救済した人たちが天狗として崇められたんじゃないかなと思ったりもいたします。私の祖先も恐らくそうした強いパワーを持った行者であったんだろうと思います。
 山岳修験者、山伏と言いますと呪詛(じゅそ)を連想する人も多いと思います。呪いですね。それはあながち間違いではないのであります。それというのも修験の秘法の中には人を呪い殺すことができる呪詛の法がございまして、これがすべての手法の基礎になっているわけであります。
 だから私も小さいとき、高野山大学を卒業するまで呪詛の勉強をさせられました。だから、もう私でこの呪詛は終わりにしようかなと思ってるんですけれども、本当にすさましいものがあるんですね。
 こうゆうような呪詛を知ってるのは、私でいいんじゃないかなと思ってるんです。だけれども、それを知ってないと呪詛をかけられた人たちの病気とかいろいろ、家のあれとかを解くときには、知ってないと解けないんですね。そういうようなことで、ただお経を言うてしただけでは病気が治らない、その家が興らないということがございますので、それを知ってたから上手いこといったというのはいっぱいあります。(ホテルニューオータニ 麗の間)

2007/1/28 第86回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 1回目(81分) mp3/37.3MB
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2007/2/26 
第87回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
平原先生
室伏寿冠先生
澤和樹教授バイオリン演奏
第二講話「祈りのこころ」六大2回目 地大
平原先生池口恵観尊師肖像牌案内
六大 地水火風空識
阿字
大日如来
大日教
不生 孟子
天の時地の利人の和
   私たちのこの生命を作っているのは六つの要素、六大だとゆうふうに言っております。
 六大というのは地水火風空識の六つでございまして、その最初にあげられますのがこの「地」ですね。
 地大ともいいます。そしてこの地を表す梵字は阿字でございます。これはまた大日如来、密教の根本仏である大日如来も表しておりますので、この阿字を最福寺の基本にしているわけです。
 万物の根源でありますところの阿字が地を表すわけであります。
 お大師さまは、大日教にある教えからこの六大を説いていらっしゃいますけど、そこには次のようなことが書いてございます。
 阿字は宇宙の万物が元々存在しておって、新たに生じたものではないことを象徴しておって、宇宙の本体が揺ぎ無いものであることが、大地の堅固さに比べられるので、阿字が地大を示しておる、そこでお大師さまは生まれない、不生という言葉を使っていらっしゃいます。
 生まれていないものということでございますけれども、宇宙にあるあらゆるものは、元々あるものだから生まれることも消えることもしないんだ。
 決して揺らぐことはないほど堅固なものであるから、これを大地の硬さに例えて阿字を地大の象徴とするんだ、というふうに教えていらっしゃるわけでございます。
 元々あるって、どうゆうことなんだろうかというふうに首をかしげてしまいそうな教えでございます。
 しかし、ここに仏さまの教えのエッセンスが込められているわけでございます。
 この世の中は仮のものである、今私たちが見ているものであるとか触っているものは、実は幻であって生命の本当の故郷はここにはないんだよ、というふうに教えているわけです。
 では、本当の故郷はどこにあるんでしょうか。それは自分のこころの中にあるんだ。そういうふうにお大師さまは教えて下さっております。
 生きることは仏さまの元に帰る旅路である。阿字の故郷へ足を進める精進の道である。道中の辛いことも嬉しいことも、みんな仏さまの計らいである。
 迷いの道から信じて生きる旅路を選んで、本当に真摯に生きていきたいものだな、というふうに私はこのタイトルを選んだというわけであります。まだ読んでいらっしゃらない方はもう一回この私の「阿字」を読んでみていただければありがたいと思います。
 これに私のすべてが包み隠しなく書いてございます。
 この世の「地」というのは「和」であろうかというふうに私は考えております。天の時、地の利、人の和というのがございます。孟子は物事が成功に至る要因をこのように説いているわけですね。(ホテルニューオータニ 麗の間)


2007/2/26 第87回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 2回目 地大 (75分) mp3/34.5MB
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2007/3/23
第88回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
ドトールコーヒー名誉会長
鳥羽博道様
東京都知事政務担当特別秘書兵藤 茂様
参議院議員山内俊夫先生
第二講話「祈りのこころ」六大3回目 水 
閼伽
灌頂
塗香
華鬘
焼香
飯食
灯明
灌頂
最福寺弁才天
宇賀神
 宇賀弁財天
   人間の体のほとんどは水からできております。大人では体重の60%、赤ちゃんは80%が水であるとゆうふうに言われております。
 そして生命は水から誕生したというのが、現代科学の定説でございます。35億年も前に海の中から生命が生まれてやがて地表を取り巻くオゾン層が出来てそして生命が地上でも生きていけるようになって今日に至っているわけでございます。
 密教ではとくに水を閼伽(あか)というふうに言っております。密教の灌頂という最も大切な儀式で使われます水も閼伽というふうに詠んでるんですね。そして水は仏壇に供える最も大切なものの一つでございます。
 私の亡くなった母は生前には午前四時、大気が静まって水に花が咲くという時間に、仏さんにお供えするとき、大きな祈願をするときは、花が咲く四時の水を摂ってお供えすることになってます。
 仏さまを拝むときには、六つの物をお供えしております。それは、閼伽(あか)、塗香(ずこう)、華鬘(けまん)、焼香(しょうこう)、飯食(ぼんじき)、灯明(とうみょう)でございます。
 お水と、お香と、花と、線香と、ご飯と灯明。この六つは、仏の知恵を表しておりまして、この御仏の知恵を実践していきますと、御仏のこころと一つに溶け合うことができるというふうにされているのであります。
 閼伽というのは、古代インドのサンスクリット語でございます。水は万物の始まりであります「あ」の音で表現しておりますから閼伽。水が象徴する修行はなにかといいますと、布施でございます。
 布施というのは、あまねく十方に施しを布くことでございまして、あたかも水がすべてのものを育てるために役立っておりますように、この一身を仏さまの前に投げ出して、学問のある人は学問を、また金のある人はお金を、力のある人は力を人類のために役立てるということが、この水を供える布施のこころであるわけです。
 水がすべての汚れを洗い清めるように施す者は、こころの悩みとか汚れを除くことが出来るというふうにされております。このように仏前に何気なくお供えしております水とか、花とか、線香なんかみな仏さまへの道に通ずる大事な意味があるとゆうわけでございます。
 私は一白水星の年回りでございます。来年が一白水星の年でございますので、非常に大事な年になるんじゃないかなと思っているんですけど、さらには水を象徴する大弁才天を私の寺でお祭りするようになってからは、水はいっそう、水にたいする関心が深くなってきているのでございます。
 私の寺、最福寺には大きな(18.5m)木彫りの弁財天がございます。宇賀神を頭上に祭る宇賀弁財天でございまして、当代随一の仏師であります松本明慶氏が、20人の弟子とともに10年掛けて彫り上げた仏像でございます。木造では世界一でございます。
 日本に弁財天信仰を広めたのはお大師さまであると言われております。唐からの帰途、厳島神社に立ち寄って弁財天をお祭りになってから全国に広まったという伝説でございます。真言密教では、この弁才天をよくお祭りしておるのであります。(ホテルニューオータニ 鳳凰の間)


2007/3/23 第88回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 3回目 水(73分) mp3/33.8MB
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2007/4/30
第89回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
井口先生
サルキソフ先生
藍川由美先生
第二講話「祈りのこころ」六大4回目 水
水を治める者は天下を治める
治水は治世の基礎
水は循環を象徴
昨日の自分、今日の自分
上善は水の如し
理想を広く実践する
大家族はいつも言葉が飛びかう
言葉を乗せて伝えるこころ
   昔から水を治める者は天下を治める、というようなふうに昔の人は言っておったようであります。治水は治世の基礎となる大事なものでございます。世界の古代文明が大河のほとりに栄えましたのは、治水をよく行っておったためであろうかと思います。日本人は水に流すといった考え方が浸透しているわけでありますけれども、実はこの水に流すということでも争いが起こるのであります。なんでも水に流してしまえばいいわけではないのであります。地球環境に悪い作用を及ぼすからであります。日本は島国でございますので、川に流した物はやがて海に流れて行って海を汚してしまいます。
 水というのは、循環するものを象徴しているものであると私は思っております。生命というのはいつも動いているわけですね。昨日の自分と、今日の自分、また先ほどここに来たときの自分と、今の自分とは違うということを私たちは意識しているでしょうか。細胞というのはいつも生まれ変わりながら私たちの体を生かしているわけであります。体液とか、血液の流れが滞ってしまったら私たちは病気になってしまうのであります。人口の道路も鉄道も、自然の海流も、気流も循環しておるからこそ、物事がスムースに動いているというわけであります。
 毎日、毎日の自分たちの暮らしを見直してみていただきたい。水のように本当に流れているかどうか。上善は水の如し、というように言いますけれども、水は高いところから低いところに流れるのが自然であるわけでございます。理想を高く持っている人は、自分の理想を自慢するのではなくて、この理想を広く実践する。つまりは低きに低きに、低いところへ流すことによって高い理想が理解されるのであります。
 水は流れるものでございます。生命と同じようにいつも動いているものであります。いい物も、悪い物も、水は同じように運んで来て、また運び去っていくのであります。立て板に水というようなことを言いますけども、爽やかな弁舌といったものは、正に水そのものでございます。現代の日本人のこころが、どこか縮んでいるようなふうにも思いますけど潤いのない乾いたこころが、日常生活を砂漠のようにしていくのであります。なぜそうなるんでしょう。私は現代日本に言葉が足りなくなっているというふうに思うのであります。
 大家族はいつも言葉が飛び交ってるんですね。兄弟喧嘩するのはあたりまえでございますけれども、大勢でございますから誰かが止めたり、すぐにまた仲直りをして食事の手伝いをしたり、助け合いながら暮らしているわけでございます。一方で少子化の社会になりましたから、核家族の家庭では非常に静かでございます。この頃は、親子でも携帯電話を使っておる。携帯メールでは沢山の言葉を書き込めないし、決まった言葉のやり取りが多くなってしまうのであります。向かい合って言葉を交わしていると、実は言葉を乗せて伝えるこころが相手に伝わりやすいのであります。(ホテルニューオータニ 麗の間)

2007/4/30 第89回池口恵観勉強会第二講話「祈りのこころ」六大 4回目 水(66分) mp3/30.2MB
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2007/5/26
第90回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
第二講話「祈りのこころ」六大 5回目 火
祈りの家系
室町時代からの修験の家
厳しい護摩行
母は読経と瞑想によって祈る
御本尊は不動明王
不動明王に祈る
火は生命の原動力
地は生命を安定させる器
   地水火風空の火でございます。私の最初の記憶はなんだったのかなというようなことを考えてみますと、もしかしたら、それは炎じゃなかったかなというふうに時々思うことがございます。ご先祖さまの導きによりまして、私の父は中年になってから出家をして護摩行を始めました。室町時代からの修験の家、祈りの家系を絶やしてはいけないという硬い決意を持ちまして、厳しい護摩行に打ち込んでいったわけであります。その傍らで私の母もまた激しい行に励んでおったわけです。やがて母は読経と瞑想によって祈るようになるわけです。
 私が胎内にあったころは、父とともに護摩壇に燃え盛る炎の前にして一生懸命祈っておったのでございます。 お腹の中におって、見えるはずも無い護摩の炎であるわけでございますけれども、いつも私の体内に燃え上がる炎は両親とともに祈った、その幼児の頃から変わらないんじゃないかなというふうな気がいたします。
 今日は、六大の中の火についてのお話しをさしていただきます。真言密教の行者は、不動明王に祈ることが多いのでありますが、私の家の御本尊も不動明王でございます。お不動さまは背中に火炎を背負っていらっしゃいます、というよりも火炎の中にあって、岩の上に立ったり座ったりしていらっしゃいます。お不動さまは地獄へ落ちる悪人を、その一歩手前で救う最後の頼みの綱でもあるわけであります。そのお姿といったら非常に怒りの形相でございますし、剣と綱を持っていらっしゃいますから、なかなか近寄り難い仏さまに見えます。しかし、このお不動さんほど慈悲にあふれた仏さまはいらっしゃらない。この怒りの表情の奥には、道に迷った人々を必ず救うぞという慈悲のこころがいっぱいつまっているのであります。
 水が生命の形であるならば、火は生命の原動力であります。こころに燃え立つ炎を燃やしていくことによりまして、どんな苦難をも乗り越える力が涌いてくるわけであります。
 地は生命を安定させる器ともいえるものではありますけれども、地震とか地すべりなどで生命や暮らしといったものを破壊いたします。また、水は生命を育みまた癒してくれますけれども、洪水の脅威といったものはいつも生命を危機に陥れるのであります。
 このように六大というのは、必ずしも生命を大きくする力だけではなくって、大いなる破壊力も秘めているというわけであります。火も生命力の原動力となりますけれど、すべてを灰燼に帰す強大なパワーも持っているわけであります。(ホテルニューオータニ 麗の間)

2007/5/26 第90回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 5回 火(80分) mp3/36.7MB
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2007/6/30
第91回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
平原総代御挨拶
第一講話 時局
清水榮一先生
サルキソフ先生
第二講話「祈りのこころ」六大6回目 火
伏見稲荷
不審火の犯人はカラス
広島、長崎の原爆被害
現代の問題はこの原子の火
チェルノブイリ
原子力発電所爆発の凄まじい被害
クルスク号の事故
犠牲者の慰霊
大きな恩恵があれば、それだけの厄災の可能性を秘める
   人類は火を使うことによってここまで発展してきたわけですよね。この火を見つけてこれを利用するだけじゃなくって、これをコントロールすることを学んだことこそ、他の生き物と異なる道を歩くことになった由縁であると思います。動物というのは必ずしも火を恐れません。
 近年、京都の伏見稲荷の山での出来事から、カラスの生態の一つが明らかになりました。伏見稲荷というのは、お大師さまと非常に深い縁があるわけでございますけれども、それは後から話すといたしまして、まずはこのカラスの話をしてみたいと思います。
 平成になりまして京都の伏見稲荷で、しばしば山火事が起こったんです。幸い大事には至らなかったんですけれども原因が分からなかった。それというのも、火が発生する場所はいずれも山の中であって、とても人が入れるような場所じゃなかったわけですね。そういう所で火が起こった。いろいろな手を使って調べてみましたところ、ようやく不審火の犯人が分かったんですね。それはカラスだったんです。この伏見稲荷というのは、広大な山を境内としておるわけでございますけれども、山中には上中下の三つの社(やしろ)がございます。その他に二万を超える小さな祠(ほこら)がございまして、縁の参拝者が来てローソクをお供えするわけですね、そして供している。最近の安めのローソクは科学物質で作られておりますけれども、和ローソクというのは昔ながらのハゼを使って出来ているわけでございます。そのロウを食べたくって火が付いたままのローソクをくわえて、そして木の上に作った巣へ運ぶんだそうであります。ほとんどはその途中で火は消えていくんですけれども、中にはそれが枝に燃え移って火事になってしまうということもあるようでございます。
 そこで対策といたしまして、この和ローソクを売るときにカラスが嫌うような匂いのある液体に浸けてから客に渡すようになったんだそうであります。この火が着いたものをカラスが恐れないでくわえて飛んでいくということに関係者は非常に驚いたわけでございます。しかし、このカラスは恐れないだけで火を起したりこれを消したりはで出来ないわけなんですけれども、人類は火を起してまた制御する方法を得とくしてきたわけです。
 現代の問題は、この原子の火であると思います。原子力は空気も汚さないで、少しの燃料で巨大なエネルギーを生み出すことができます。これほどの恩恵はないわけでございますけれども、ひとたびこれを兵器といたしますと、子孫にまで及ぶような悲惨な結果がでるわけでございます。
 広島、長崎の原爆被害は言うまでもなく、チェルノブイリの原子力発電所爆発の凄まじい被害がございました。 これらは今なお回復に至っておらないわけであります。私は先年、サルキソフ先生のお導きによりましてロシアの原子力潜水艦クルスク号の事故で亡くなった118人の乗組員の犠牲者の慰霊に行ってまいりました。
 ロシア側の人たちはもちろん私が仏教の僧侶であって、慰霊は仏式で行われるということを承知の上で私の供養をさして頂いたのでありますが、どれほどの惨事であったのか、私は現地の人々の悲しみから感じ取ることができました。大きな恩恵があれば、それだけの厄災の可能性を秘めているんですね~(ホテルニューオータニ 舞の間)


2007/6/30 第91回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 6回目 火(77分) mp3/35.5MB
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2007/7/27
第92回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
出村先生「腸と心」プレゼン
澤和樹教授バイオリン演奏
第二講話「祈りのこころ」六大7回目 風
八千枚護摩行
一週間断食
腸の力
腸から霊気を出す
心無罣礙
空いっぱいの仏さまの笑顔
   今、93回やっております八千枚護摩行の最初の頃だったんですけれども、一週間断食をして行を9時間くらい毎日やって、最後の日にもう体がどうにもならないくらい衰弱してですね私の一番の弟子が最後の護摩木を渡す役をしおったのが最後の護摩木を渡さないんですね。いっこうに渡さないもんですから、手を出して見たらそのまま死んでおったんですね。護摩木が重くて炉にくべることが出来なくなるくらいの辛さで体も大変だったんですけれども、弟子が護摩木を持ったまま死んでる姿を見たときですね、しまったと思ったとたん、この自分の体が蘇ってしまったんですね。体が動けない状態だったんですけれど、元気な状態に返ったんです。
 頭と腸がものすごくいい連携をして、健康そのものの状態に返ったということじゃないかな。をする度に腸の力が非常に私たちに大事だ、腸から霊気を出しているということが、私の行の中で感じるようになったんですね。今、野球選手たちがいっぱい来るんですね。腸の力、下腹の力はどういうものかをを言うて、そこを冷やさないように、ここに力を出す方法を考えて教えるんですね。そしたら非常にいい結果を出してるんですね。
 だから、腸というのは非常に私たちの健康に大事なものであるし、霊気を作るところでもあるというふうに私は思っているわけです。腸の専門だから、出村先生に話しをしていただければということでお願いをしました、私の腸の霊気の作り方、出し方はいつか機会があったらお話しをさしてもらいたいと思います。
 風(かぜ)というのは風(ふう)ですね。これは私にとって、般若心経が説きますところの「心無罣礙」(しんむけげ)というのがございますけど、この象徴と申しましょうか、こころを開放してくれるものであると思います。
 小さい頃、空いっぱいの仏さまの笑顔に出会ったことをお話ししましたが、私が行が終わって外に出たら、高隈山(たかくまやま)というのが私の家の前に大きくそびえてあるんですが、その上に大きな仏さんが出て笑ってらっしゃる姿を見たんですけれど、そのときの思い出というのは、やさしい風に包まれておったような感覚がございます。
 御仏というのは、春風のように私を包んで下さっているんだというふうに、私は安堵のこころを持って育ってきたと思います。こころには境界線もなく、また壁もございません。本当に開放されたこころになりますと、そのようなものはいらないのであります。風のように行くべきところへ滞りなく行けて、そして成すべきことを成すことができる。それが御仏の道を歩く者にとりまして何よりの御利益であるわけでございます。(ホテルニューオータニ 翠鳳の間)

2007/7/27 第92回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 7回目 風(69分) mp3/31.6MB

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 2007/8/29
 第93回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
弘前大学大学院医学研究科長佐藤敬先生
澤和樹教授バイオリン演奏
第二講話「祈りのこころ」六大8回目 空
きつい仕事はしたくない
行もしたくない
構造改革
格差社会
こころの再生
生きる力を取り戻す
インターナショナルスクール
ソロバン
基礎学力としての数学
   日本人というのは、本来勤勉な国民性を持っておるというふうにされておりますけれども、平成時代になりまして、働きたくない日本人が増えてきているような気がいたします。その大きな要因の一つは、暮らしが豊かになって来たからだというふうに考えておるんです。きつい仕事はしたくないというふうに考える若者が少なくないと思います。もしたくない。行をするお坊さんが少なくなっているんですね。だけれども若い人たちが、うちはひっきりなしにやってくるんです。行をさしてくれちゅうて。
 構造改革だとか、格差社会だとか言われますけれども、この一世紀の間を比較してみましても、日本人はとても経済的に恵まれる生活を送ることができるようになってきております。一方で貧富の差が拡大しておるというのも事実でございます。また就職したくても出来ない若者が増えてもきております。気力とか意欲とか、こころのパワーが下がってしまった若者達が目に付くようになってまいりました。困難を乗り越えようという我慢強さとか、前向きに姿勢がもっと欲しいというふうに、私は若い子供達を見てそう思っているところでございます。このような問題を解決するにはどうしたらいいんでしょう。社会のシステムについては、政府とか行政機関、政治の分野であるわけでございますけれども、一人一人が生きる力を取り戻すことについては、私たち宗教家が真摯に取り組んでいかなければいけない問題であるというふうに思っております。
 私は、このこころの再生につきましていろいろな角度から考えて、また行動しておるわけでございますけれども、今このずっと話してきっております六大について、こうしてお話しさしていただいておりますのも、その一つであるわけでございます。
 教育の問題から考えてみたいと思いますが、最近日本の学校では学力がつかないと、インターナショナルスクールに通わせる親が増えてきているということでございます。かつて、このインターナショナルスクールと言いますとアメリカンスクールがその代表格であったと思います。ところが、今人気が高いのが、インドとか中国のインターナショナルスクールであるのであります。特に最近設立されました、東京のインドインターナショナルスクールは、小中一貫教育で教える内容、また特に数学の内容が評価されておるというふうに聞いております。
 かつて日本の生徒たちは、この数学の学力が非常に高かった。だけども、最近は国際的にもランクが非常に落ちてきているわけですね。ゆとり教育の悪い面が出てしまったというのが、一般的な見方じゃないかなと思います。
 日本には江戸時代から和算という高度な数学がございました。また、ソロバンは小さい頃から教えられまして、数に対する感覚が養われておったわけでございます。数学を究めても、社会生活には役立たないというふうに思われて倦厭されてきておったのが、現代のIT時代を迎えますと基礎学力としての数学は、やはり必要なんだというふうに言われるようになってきたのであります。(ホテルニューオータニ 麗の間)


2007/8/29 第93回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 8回目 空(79分) mp3/36.2MB

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2007/9/26
第94回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
澤和樹先生バイオリン演奏
平原総代
第二講話「祈りのこころ」六大9回目 空

サンスクリット語でシューニャ
無自性
ゼロ
あの世を知る
般若心経
色即是空、空即是色
生命の真理
この世の中は仮のもの
   「空」というのは捕らえどころがございません。目には見えないし、形も無いものでございます。どこにもあるのに、感ずることもない。しかし、その「空」が生命にとっては最も大切な働きをしているわけでございます。この「空」を知るということは、自分だけではないほかの生命とともに生きておる、宇宙とか社会全体を見るこころの目を育てることでもあるわけでございます。
 「空」というのは、何も無いことであるわけでございます。「空」というのはサンスクリット語で「シューニャ」と言います。元の意味は「中がうつろである」、つまりは中が無いという意味でありますけれども、もう一つは、ずばり言ってゼロということでもあるわけでございます。
 仏教では、この世のありとあらゆる現象というのは、固定的な実態は持たない無自性と呼ばれるもので、本性は「空」なんだというふうに教えているわけであります。「空」であるからこの世の出来事に執着してはいけないんだ。そういうのが仏教の教えであるわけでございます。
 だれも見ていないからといって悪いことをしても、仏さまはちゃんと見ていらっしゃる。鏡に誰も映っていないからといって、誰もいないわけではないわけでございます。鏡に映らないところで私たちを見守って下さっているのが仏さまであって、仏さまがいらっしゃるというわけでございます。
 この空っぽであるということは、あの世を知ることでもあるのでございます。空想、瞑想みなこの「空」の状態にあるときでございます。
 般若心経の「色即是空、空即是色」というのがございます。これが生命の真理でございます。「色」というのは目に見える色彩でございますが、また見えるものの象徴でもございます。
 「空」というのは何も無いのではなくって、見えないものの象徴でもあります。この世の中を「色」とするならば、陰であるところの霊の世界は「空」になると思います。私たちの体は「色」であって精神、魂は「空」であります。この「色」と「空」が一つになって人間が出来上がっておる。「空」が無ければ人間はもぬけの殻でなんにも人間の役をしない。
 この世の中は仮のもので、生命の本当の世界は別の次元にあるんだ。それが仏教の教えの根底にあるのであります。「空」の世界を知るということは、生命が生きるのはこの世の中ではないんだということを理解することであるのであります。生命の旅の途中でしばし滞在する宿が、この世であると言うわけであります。宿がどれ程心地良くても、いつかは旅立っていかなければいけないのであります。だからと言って、旅の恥はかき捨てというようなことで勝手放題にしていっていいはずはないわけであります。宿には宿のルールがあるわけであります。(ホテルニューオータニ 悠の間)

2007/9/26 第94回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 9回目 空(71分) mp3/32.5MB
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2007/11/29
第96回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
参議院議員山内俊夫先生
サルキソフ先生
第二講話「祈りのこころ」六大10/11回目 識
激しく深い行によって得られた答え
ここに一人の沙門あり
求聞持法
一切の教法の文義を暗記する
密教への扉を開く
虚空蔵菩薩
真言を百万遍唱える行
土佐の室戸岬
八千枚護摩行
息子の豪泉
印を結び声を限りに真言を唱える
 
   お大師さまがあえて五大に「識」を加えて六大にされたのは、御自身の膨大な知識に重ねた、激しく深い行によって得られた答えであったというふうに私は思っているわけであります。
 お大師さまがどんなに厳しい激しい行を重ねられたのか伝えられる短い記述から想像しながら、私は教えとしておるのであります。     
 ここに一人の沙門(しゃもん)あり。お大師さまは大学で刻苦勉学をしていたときに、たまたまある一人の修行者と出会うわけでございます。その人物から秘法の求聞持法(ぐもんじほう)を授かられました。これが密教への扉を開くことにつながったというわけでございます。
 この求聞持法というのは、密教の仏さんである虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)を祀りまして、その仏さんの真言であります「ナウボウ・アキャシャギャラバヤ・ オン・アリキャ・マリボリ・ソワカ」、この真言を百万遍唱える行でございます。これを修行すれば、一切の教法の文義を暗記することを得るというふうに経典には書いてあります。一種の記憶法なんですけれども、そのお坊さんはお大師さまに、なお一層賢くして人のために生きたらどうか。その賢くするには記憶力を増す、また知恵を頂けるこの求聞持法があるよ、これをやってみないかというふうに誘われたんじゃないかな、というふうに私は思うわけでございます。
 そして、お大師さまはこの秘法を、そのお坊さんの言葉を信じて、四国の各地を周って修行して歩かれます。阿波(あわ)の大滝嶽によじ登って行をしたり、あるいは土佐の室戸岬で、この百万遍の行をなさったわけでございます。
 八千枚護摩行をずっと重ねてきております私も、昭和45年に略式ですけれども、300日ほどかけてこれを達成したことがございます。通常は一日に二万遍づつ、50日間をかけてやる法でございます。
 私の息子の豪泉というのがおりますけれども、これは山のてっぺんに行って、一人で求聞持法を2回やっております。炭焚き小屋みたいな所へ泊まり込んでやったり、また洞窟でやったりしたようでございます。
 お大師さまは、おそらくもう何回も、何回もこれをされたんじゃないかなというふうに思います。
 野にあって、ひたすら虚空蔵菩薩の真言を唱え続ける訳でございますから、1200年も昔の山、深山とか、人けの無い岬の洞窟での修行が、どんなに厳しいものであったかということを考えると、想像に絶するものがございます。
 今、高野山に登って行きますけれども、電車で行ってもまだかまだかと思うほどの山の上でございます。あれを一人で若い頃、錫杖ひとつを持って登って行って、そしてあそこを見つけて行場を作って開かれたというような信念ですね。よっぽどの信念があって、本当に人のために、国のために生きる、そのこころが無ければこういうことは出来ないと思います。あれが怖い、これが欲しい、あれも欲しいというようなことでは、こういうような行はできないのであります。虫が体を這っても、風雨にさらされても、雪が降り積もったとしても、印を結び声を限りに真言を唱え続けなければいけないのであります。(ホテルニューオータニ 麗の間)

2007/11/29 第96回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 10/11回目 識(94分) mp3/43.1MB
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2007/12/26
第97回池口恵観勉強会
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
澤和樹先生バイオリン演奏
第二講話「祈りのこころ」六大
12回目まとめ
こころは生命の万華鏡
六大を知ること
こころの中にある仏さまと出会う
幸せを自分で掴むために
こころを見つめていく
六大によって生かされている
火の中に自分がある
自分が火か、火が自分か
磐石の大地に足を踏みしめて業火と向き合う
喜怒哀楽
六大の調和を取り戻す
   こころというのは生命の万華鏡でございます。それぞれの人が、それぞれに自分の毎日、毎日の生活の中で、その手ごたえを感じていくものであるんだろうと思います。この万華鏡の美しさに感動して生きていくのか、あるいは役にもたたないものだというふうに、輝きに背を向けて生きていくのか。ほんの少しの違いが皆さん方の人生を大きく変えていくと思います。
 このお大師さまが教えてくださった六大を知ることは、自分のこころの中を見ることであるわけでございます。そのこころの中にあるところの仏さまと出会うことによって、幸せな毎日がやって来るわけでございます。
 幸せというのは、誰かが運んで来てくれるものではないのであります。幸せを自分で掴むために、自分自身のこころを見つめていって、そしてそれを磨いて六大という大きな可能性を秘めた生命のパワーを掴まなくっちゃいけないと思います。
 六大という耳慣れない言葉は、お大師さまの教えを奉じております私どもにとりましては、特別な響きがある言葉でございます。私にとりましては、行の最中におきまして、自分が護摩の火と一体になって燃え上がっているというふうに感じたり、火の中に自分があったり、自分が火か、火が自分か分からなくなったり、磐石の大地に足を踏みしめて業火と向き合っておるんだというふうに感じたり、また海を見ていれば、寄せては返す波のリズムが私の中で息づいておりますところの躍動感を持ったり、また爽やかな風に触れては大空を飛んでいるような気分になったり、心身が開放されていると感じとったりすることなんかがあるときに、ああ私は本当に六大によって生かされているんだなというふうに感ずるわけでございます。
 この生命の元が六つの要素に分けられるというのは、現代の科学的な見地からいたしますれば、随分かけ離れているような教えであると思います。しかし、この生命の根本を考えさせられる教えというのは、生命が持っておりますところのいろいろな面とか、そこに秘められた力があるということを教えているんだというふうに私は感じているわけであります。
 いつも暮らしている中で感じているいろいろな喜怒哀楽によって、私たちは癒されて、元気づけられて、こころを再生しております。体の疲れは医療が治療しますけれど、こころの疲れというのは、生命そのものの疲れでありまして、この六つの働きによって治していくわけであります。お大師さまが生命を癒すには、医療だけでは治らないんだよというふうに教えてくださったのは、この六大の調和を取り戻すためにはどうしたらいいかというような教えであったんだろうと思います。社会はバランスが取れているときは平和であります。人々のこころも安定してまいります。家族は小さな小さな社会でございます。大きな社会が国であり、また世界であり、更には人間だけではない、いろいろな生命が共に生きている地球という共同体でもあるわけでございます。(ホテルニューオータニ 芙蓉の間)


2007/12/26 第97回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」六大 12回目 まとめ(83分) mp3/45.8MB
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