恵観塾   東 京 2014年 Ekanjuku 2014 Tokyo - Shin Kukaiden            HOME

新・空海伝

2014/2/21
第162回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
上城先生
第二講話「新・空海伝」1回目
桓武天皇
不空三蔵
中国密教発祥の地、大興善寺

貴物
子供は皆、宇宙の宝
仏さまの慈悲を感ずるこころ
こころの再生
元明天皇
桓武天皇
不空三蔵
   お大師さまは、親子とか肉親の愛情を非常に大切にされた方でございます。出世を期待したであろうご両親の考えに背いて出家されたことをお大師さまはとても悩まれたんじゃないかなと思うんですね。
 お大師さまはその当時だれも入れなかった、貴族しか入れなかった大学、出世コースに入っていらっしゃった。そういうときに出家してしまわれて、大学を辞めて、ボロを着たお坊さんになるわけですから非常に親に心配を掛けるということでお大師さまも悩まれたんじゃないかなと思うんですね。
 しかし、その悩みを超えて得た真理の中に親たちへの深い愛情があるというふうに悟ったのであります。お大師さまが後々密教を学ばれるときに儒教も道教もしっかり勉強して知っておくように説いておられるのはご自身の体験によるものであるというふうに私は考えております。お大師さまが奈良に上って大学に学んでいらっしゃた頃、朝廷は権力抗争に明け暮れていたのであります。
 奈良時代は西暦710年に元明天皇が平城京に遷都してから、794年に桓武天皇が平安京に都が移されるまでの84年間を、あるいは784年から桓武天皇が長岡京に都を移すまでの74年間を指すわけであります。日本はこの間に大きく変わるわけであります。奈良の都平城京を唐の都長安に似せて作ったように、中国の体制を日本に取り入れたのであります。
 お大師さまが生まれられた時代は日本が世界に向かって門戸を開いていた時代であったのであります。この当時の世界といいますと唐だったのでしょう。奈良の都でお大師さまは唐文化とそこから見える世界を知られたのであったというふうに思います。
 桓武天皇は始めは長岡京を造営されますけれども天災とか近親者の不幸とか祟りが起こったりいたしまして、長岡京から平安京へ改めて遷都するわけであります。
 桓武天皇即位前、皇后陛下と息子の一人が、更にやはり息子である早良親王も不自然な死に方をするわけであります。その怨霊を桓武天皇は非常に恐れられたのであります。
 多感な時期をこのような暗い朝廷の空気の中で過ごされたお大師さまの深い苦悩が始まったんだろうと思います。その苦悩が大学退学の道に通じたんじゃないかなとも思うところでございます。(ホテルニューオータニ EDOルーム)


2014/2/21 第162回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 1回目(58分) mp3/26.8MB

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2014/3/20
第163回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
第二講話「新・空海伝」2回目 
四書五経
儒教の教え
道教の教え
三密修行
身・口・意
般若心経
若心経秘鍵
恵果阿闍梨
儒教は考える修行
道教は体を動かす修行
仏教は深層心理を動かす修行
仏さまのこころ
人は皆仏
お加持
行をすれば直る
   本当の密教の修行は三密修行に始まるわけでございます。三密というのは身・口・意ですね。体とこころと言葉。すべては自分の身・口・意、体とこころと言葉を清める三密修行の奥儀を極めることが生命を知ることになるというわけであります。
 般若心経を私たちは唱えます。そして真言を繰ります。そうした行は仏さまへの道の入り口になるわけです。まずは祈りによってこころの闇を払わなくてはいけない。な
ぜそうなるんだろう。そういうふうに考える前に行動してみたらどうだろうかなということですね。
 「夫れ
、仏法遥かに非ず、心中にして、即ち近し。真如、外に非ず、身を棄てて何にか求めん。迷悟我れに在り。則ち発心すれば、即ち到る。明暗、他に非ず。則ち信修すれば、忽ちに証す」。これはお大師さまが書かれました般若心経秘鍵の一説なんです。仏さまの教えというのは遠いところにあるものじゃないんだ、自分のこころの中にあるんだよ。真実はこころの中にあるのだから自分の身を捨ててどこを探すと言うのか。迷いも悟りもみんな自分の内にあるものだから、求める気持ちを起せば必ず悟りに至ることが出来るんだと、このようにお大師さまは教えておられるわけでございます。
 迷ったときはあれこれと外に目を向けないで、自分のこころと向き合ってごらんなさい。きっと仏さまが語りかけている声が聞えてくると思うよとお大師さまは言っておられるのであります。そのこころを信じて若きお大師さまは突き進んでいかれた。唐に渡って出会われた恵果阿闍梨
はお大師さまが求めて、求めていた本当のお師匠さんであったわけでございます。日本で苦しんだのはそこに求める答えも人もいなかったからなんだと、お大師さまはそのときに知られたんじゃないかなと思います。それならば、自分がそうしたときに師になろうとお大師さまは大きな夢を抱いて中国での教えをもって帰国してこられるわけです。
 夢をもって真剣に生きるところに仏さまの世界が開かれるのであります。挫けることを知ることもトレーニングの大事な一つであると思います。都に出られてお大師さまのこころは大きな壁にぶつかられたと思います。その壁を超えようと全身全霊で悩んで、苦しんでお大師さまは山に入って、海辺の洞窟にまた一心に真言を繰られたと思います。救いこそが仏さまの教えなんだと分られたんだろうと思います。
 私たちは自分の願うことが実現して欲しいというふうに思っているわけでございますけれども、頭の中で思っていたとしてもなかなか実現はしないのであります。どうしたらその願いが叶うのか。仏さまに願いが届く身・口・意を作りなさいよとお大師さまは教えていらっしゃるんじゃないかなというふうに思っているのであります。
(ホテルニューオータニ EDOルーム)

 
2014/3/20 第163回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 2回目 (69分) mp3/32.0MB
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2014/4/22
第164回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
サルキソフ先生
.広田 毅先生
第二講話「新・空海伝」3回目 
雑密
清純密教
大日経
神秘体験
勤操大徳
三論宗
遣唐使
学問僧
留学僧
阿刀大足
天台密教
最澄
轉法輪菩薩摧魔怨敵法
   恵果阿闍梨の前に現れた時にお大師さまはすでに密教の真髄を学んでおられた人だと恵果阿闍梨は見抜かれたんだと思いますね。一番基本は求聞持法をやって宇宙の神秘、宇宙のことがよく分ってきていらっしゃたから、そういうような話を次々に質問されて恵果阿闍梨はびっくりされたと思うんですね。
 悟りは年月の長さで測れるものではないですね。順序を踏んでいるから正しい教えであるとも限らないわけであります。恵果阿闍梨は弟子がどこの国の者であったとしても、そういうことは問題にしないでひたすらその資質を大切になさって自分が伝えるべきことをすべてこのお大師さまに伝えられたんだろう思います。
 恵果阿闍梨はお大師さまにすべて密教の法を伝えられるとまもなく亡くなられます。恵果阿闍梨はすぐに帰ってこれを日本国に広めなさい、また国のために尽しなさい、世界の平和のために、世界の人民のためにこれを活かしなさいということを言われて、一日も早く帰りなさいということを言われるんですね。日本にお大師さまが帰ってこられてまもなく唐では仏教の弾圧が始まりまして密教も衰えてしまった訳ですね。これから中国では密教が無くなるわけです。
 そこに真実があれば地域を超え国を超えて理解し合い信頼し合うことの尊さが偉大な成果を生むというわけであります。物事の本質を捉えるのが心眼であります。地域とか人種を超えて真実を見ていく。そのために私達はこころを磨いて広く学んでいくわけであります。
 お大師さまが唐から持ち帰られた密教は国家の安泰を祈るところに一つの特徴があるわけでございます。お釈迦さまの頃の仏教というのは国家よりも個人のこころの救いを説いております。しかし、人間がこうして社会を作って生きる動物である限り国家と個人の幸せとは切り離すことは出来ないですね。
 国家を守り悟りの境地を明らかにするようにお大師さまは性霊集に書いておられます。国家のために祈っていきますので、民のこころを後回しにしてしまうのではないかなというような声もあります。けれどもそうじゃないんですね。国が安泰であれば民は幸せに生きられるということをお大師さまはよく知っていらっしゃたのであります。国を問わず時代を問わず戦乱の世に人々の幸せはありません。平和こそが人類が幸せになる基盤であるわけですね。
 轉法輪菩薩摧魔怨敵法(てんぼうりんぼさつさいまおんてきほう)という手法があります。まさにこれは国家危急の時だけに行われる秘法であります。この世のすべての悪魔とか怨念を打ち砕いていく
という最高の調伏法がこの轉法輪菩薩摧魔怨敵法であります。これはインドをルーツとする調伏法ですが中国には不空三蔵が翻訳してもたらされております。不空三蔵は恵果阿闍梨のお師匠さんでございます。(ホテルニューオータニ EDOルーム)

2014/4/22 第164回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 3回目 (85分) mp3/38.9MB
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2014/5/22 
第165回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
日本予防医学会中嶋茂様
東 勝也様
第二講話「新・空海伝」4回目  
清浄心院住職
密教の正統
恵果阿闍梨
国家を守るべき秘法が密教
空海僧都伝
観世音寺御斎会
定額僧
後七日御修法
三密加持
三密瑜伽の秘法
万民豊楽
五穀豊穣
祈りと実践
   正月の宮中で行われていた御斎会を廃しまして、真言密教による後七日御修法の祈願をするように進言されるんですね。そしてこれを受け入れられてこの後七日御修法が始まります。
 僧侶を集めて読経するだけでは病人に向かって薬の処方や効能を説きたてるに等しく、それでは気休めになっても病は治らない。三密加持の秘法によって神秘実在の仏の生命に直参し、それを通しての祈りこそがまさに薬を施して病を治すものであるというふうに天皇陛下に申し上げられておられます。
 ただ薬がいい薬だといっても何にもならない。それは飲んで初めて効くんであって、それと同じようにお経も読経するだけではいけない。三密瑜伽の秘法によって飲むようにしないと効かないとお大師さまは陛下に進言されたんですね。それをするには後七日御修法が必要だと。後七日御修法は現在も続いておりまして、真言宗の最も重要な儀式になっております。
 この後七日御修法は正月の七日間、八日から十四日まで真言宗各本山の管長とか主だった高僧が集まって天皇のお衣に祈りを込めるわけです。西暦834年にお大師さまが始められ1200年も続けてきているのであります。
 この人々が安心して暮らすためのことを万民豊楽(ばんみんぶらく)と言っておりました。豊かで楽しんで生きることが幸せの種であるということは今も昔も変らないと思います。そのために五穀豊穣、作物が実ることそして国家を治めている天皇陛下の安泰を年初めに祈るというわけであります。

 お大師さまは高野山を開くときに朝廷にこの土地を頂きたいというふうに願い出ておられます。それは、上(かみ)は国家のおんために、下(しも)は諸々の修行者のために。俗界を救済するためにはまずはこの俗界を離れた地で修行しなければならないというわけであります。
 その救済というのは国家のため、すなわち民のためであるんだというふうにしておられます。お大師さまは国家を守るためにいろんなことを成し遂げておられます。
 お大師さまが国の安定を祈り続けられたことは、私たち真言宗の僧侶にとって忘れてはならない教えであるわけでございます。だから私たちは国家の安泰、国民の安泰を毎日しっかり拝まなければならないのが密教の私たち僧侶であるわけでございます。
 お大師さまは祈りと実践を非常に大事にしていらっしゃいます。これを合体させながら人々の暮らしを守っていかれたようであります。お大師さまは土木工事だけではなくて、地下の水脈を見つけたり、時には燃える水、つまりは石油も発掘していらっしゃいます。(ホテルニューオータニ アリエスの間)

2014/5/22 第165回恵観塾 「新・空海伝」 4回目 (59分) mp3/27.2MB
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2014/6/26
第166回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
平原総合事務所郡司様
廣田毅先生 吉田先生
桜田先生 .廣田毅先生
第二講話「新・空海伝」5回目
長安の賜物
曼荼羅
恵果阿闍梨
高野雑筆集
足跡が四国遍路の札所
高野聖
即身成仏の教え
密教という新しい教え
王羲之の筆法

生命は光である
祈りは光
念というのは光
百万枚護摩行
   お大師さまはもともと書をよくなさった方でありました。留学生として唐の港に着かれたときに、この船は海賊船じゃないかと、あたりまえの所につかなかったため、降ろしてくれないんですね。そこで役人たちがいろいろ書くんですが認めてくれない。そこで大使から頼まれて書状を書かれます。それを見た(唐の)役人があまりの見事さだったのでついにこれはただ者ではないということで許可をした。
 お大師さまの書が書聖と呼ばれる王羲之(おうぎし)の筆法をしっかりと身に着けていたからだとする説があるわけでございます。王羲之は4世紀前半の人です。唐の皇帝の太宗が彼の書を崇敬したことから大唐帝国の象徴のような存在になったのであります。官僚はこの王羲之の筆法で
書くことが要求される。官僚たちは王羲之の書を一生懸命勉強したんですね。日本にも7世紀にはその王羲之の書法が入って来ておりましたので、お大師さまは若くしてこれをマスターしていらっしゃったというわけであります。
 どこの国から漂着したか判らないような一団から見事な王羲之の筆法による書状が届いたわけであります。それを見た官僚は自分達が練習して、練習してようやく官僚に成れた王羲之の筆法がこんなに自在に書いてあるのは普通の人じゃないと、唐の地方官僚達は驚いたんじゃないかなと思うんですね。しかし、お大師さまは都の長安に入られてからも更に書を学んでおられます。
 お大師さまが、どうか私も長安に入れて下さいという嘆願書を書いていらっしゃる。これも整った王羲之の筆法で書かれたので、地方官僚は日本の使節の書状を書いたのがこのお大師さまだったのだなということが判ったわけなんですね。そのことは当然ながらお大師さまのことを説明する報告書に書いてあったと思いますね。すごい青年のお坊さんが来るということを都に報告したんだろうと思います。日本から大変な書家が来たぞというふうに書いたんじゃないかなと思います。若いけれど文章も書も見事なものであると地方からの報告書に書いてあれば、唐帝国ではりっぱな信用状にもなったわけですね。お大師さまは言ってみればその書に守られて留学生活をスタートされたような気がいたします。
 密教では梵字で仏さまの世界を表したりいたします。サンスクリット語です。これもお大師さまは長安で磨きをかけていらっしゃいます。むしろ梵字に込められた霊力を学んだことによって漢字にもまた日本のカナ文字にも霊力がこもることを学ばれたんじゃないかなというふうに思います。
 私は、生命は光であるというふうに感じ取っております。祈りは光によって仏さまに届くのであります。人の意思もまた光によって運ばれるんだというふうに思っております。念というのは光なんですね。だから文字に込めた念というのは光によって運ばれるんだというふうに私は感じております。(ホテルニューオータニ 悠の間)


2014/6/26 第166回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 5回目 (71分) mp3/32.6MB

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2014/7/23
第167回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
南野知恵子様
平原最福寺総代
第二講話「新・空海伝」6回目
密教の強みは実践的な呪力
儀軌
密教経典
加持
宇宙の霊気を集めて一気に放射する
求聞持法
密教の修行
即身成仏
密教はイメージの教え
真言
既成宗教
新興宗教
煩悩
大欲の教え
   顕教では修行がこの世の時間に囚われてしまいますけれども、密教の修行というのは時間や空間を瞬時に超えるパワーがあるというふうにいっております。今ここでといってこれが即身成仏の本質でございます。この世の中に生きるあるがままの自分のこころの有り様と、それを素直に認めることができる知恵とが、この即身成仏であるわけでございます。
 密教はイメージの教えでありますけれども、芸術もまたイメージの世界でございます。密教の修行というのは真言を真剣に繰ることに尽きます。この真言を繰ることによって私たちのイメージを深める能力が高まっていくんだというふうに私は考えて行くんですね。ここから真言を繰ることが大事だということになるわけです。今、本当にこの真言を繰る人たちが少なくなっておりますね。既成宗教では非常に少なくなっていて、新興宗教の人たちは真言を非常によく繰って、朝から晩に繰っていろんな奇跡を出している人たちもいらっしゃるようですね。
 南無妙法蓮華経であったり、南無阿弥陀仏であったり、いろんな真言がございますけれども、これを繰ることによって宇宙との波動がうまいことつながっていくわけでございます。新興宗教の方が盛んになってきているのは、この宗教の根本であることを素直にやっているから盛んになって行くんだろうというふうに私は思っているんですね。私の寺では皆、真言を2時間ぐらいづつは唱えるようにしています。そうすることによっていろんな能力が身に付いていくわけでございます。
 「虚しく往いて実ちて帰る」、空海のこの教えこそが真言密教の本質を表しているというふうに思っております。煩悩はいけないものであるから、これを切り捨ててしまえと、そういっても非常に難しいものであります。そして切り捨てた煩悩はだったら何処へ行くのでしょう。ゴミになって捨ててしまえばいいという発想に密教の先達たちは異を唱えたんだろうと私は思っているわけでございます。
 煩悩をどうやって良い生命力に変えていくのか。それが大欲の教えであるわけでございます。五大願といい、大欲といい密教は大というのが好きでございます。そもそも大乗というのは宇宙が小さいものではない。皆で乗っても壊れないほどの大きいものであるんだから、大きな乗り物という発想になるわけですね。
 恵果阿闍梨は報命つきなんと欲すれどもというふうにご自身の寿命を悟られておられましたからお大師さまへ密教の教えを継いで欲しい、そして早く日本に持って帰ってこれを世のため人のために尽して欲しいと、こういうふうに言って亡くなられた。
 長安では沢山の弟子たちが、千人からの弟子がいたのですが、本当に伝えるべき人材というのがいなかったんじゃないかなと思います。器が無い人たちだというふうに恵果阿闍梨はみていらっしゃったんだと思います。そこで空海が日本から来て、密教を授ける者が来たということで恵果阿闍梨は教えを東国、日本に伝えるべき使命感を持って来た空海、弘法大師に出会って、そして一目見て並々ならぬ力量と素質を見抜かれたんだと思います。
(ホテルニューオータニ 翔の間)


2014/7/23 第167回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 6回目(62分) mp3/28.6MB
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2014/8/23
第168回恵観塾
ホテルニューオータニ
第一講話 時局
南野知恵子様
第二講話「新・空海伝」7回目 
廿日大師
御遺告
西暦835年お大師さま入定
奥の院
丹生 丹
辰砂 丹砂 朱砂
丹生明神
水銀技術者集団
びわの葉療法
総本山金剛峰寺
高野山開創1200年記念大法要
御影堂 不動堂 三鈷の松
南山の犬飼い
高野明神
丹生一族
   丹生(にゅう)、これに秘められているのはお大師さまの深い知恵であると思います。最近では、この丹生が水銀と関わりの深い名前であるということから、高野山ひいてはお大師さまと水銀との関係を研究する文献がいくつも一般書として世に出てきているのであります。現代に至ってようやくお大師さまの科学者としての一面に光を当ててみる研究が始まったというべきではないかなと思います。私は真言行者として自然から多くの仏さまの教えを頂いてきたように思います。永遠の生命が自分のこの体にしっかりと受け継がれている神秘を感応するのであります。
 西暦835年、お大師さまは
入定された。今も奥の院で生きていらっしゃるというのが私達真言密教の教えの根本になっているのであります。この世の中の寿命というのは生きても100年だ。今、この元気なときに定に入って、宇宙の中に入って、そしてずっと生き続けてこの世がある限り皆を守っていかなければいけない、救わなくてはいけないというふうにお大師さまは思われて62歳で入定なさったんだと私は思っています。10ヶ月あまり前にお大師さまは弟子達を集められて、そして遺言のような言葉、御遺告というのを残されたのですね。その10ヶ月前の3年位前から五穀を断ったりしていらっしゃる。五穀を断って果物とか野菜とかそういうもので生活をしていらっしゃたんだろうと思います。承和2年正月から飲み物も断っていらっしゃいます。恐らく水銀から成るところの薬石を服用していらっしゃたんじゃないか。そういうようなことを言っている研究者もいるわけでございます。
 水銀というのは体内から排出されにくくて、中毒症状を起す毒でもあるんですが、道教におきましては不老長寿の薬でもあるとされております。
 私が小さい頃、よくおできができたらびわの葉に真言を墨で書いて、それを温めてこれをおできに置いたら治ったんです。びわの葉療法と言うのです。研究した人がいらっしゃって、びわの葉と墨を使ったら微量の青酸カリができるらしいんです。沢山飲めば青酸カリは毒にな
って死んでしまいます。微量であれば薬になるんですね。そういうことで水銀も使われていたのではないかなと思います。
 丹(たん)というのは赤土のことで水銀と硫黄の化合物で赤土とも辰砂(しんしゃ)、丹砂(たんしゃ)とも言います。古代から伝わる言葉を整理してみますと丹というのは道教の言葉として別の意味があります。丹砂というよりも辰砂が広く使われてきたようでございます。朱砂ともいっております。美しい赤い色をしているんですね。
 中国の辰州(現在の湖南省)で産出されておりましたので、この名がついたと言われております。天然の水銀の素でございます。水銀は遠く古代から知られていた金属で紀元前1600年頃の墓からもこれが検出されているのでございます。世界各地で産出されまして中国では殷の時代ではすでに辰
砂を使っていたとあります。ギリシャでは水銀化合物を医薬の軟膏に使っていたようでございます。日本では縄文時代の...(ホテルニューオータニ 舞の間)

2014/8/23 第168回恵観塾 第二講話「新・空海伝」 7回目(64分) mp3/29.3MB
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