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高野山伝燈大阿闍梨 烏帽子最福寺法主 池口恵観大僧正


百萬枚護摩行

平成元年2月4日〜5月14日


Ekan Ikeguchi
Great Master (Maha-Acarya) of the Lineage of Koyasan Shingon Tradition
Hyakumanmai (One Million) Goma Ku (February 4- May 14, 1988)
A fire ritual and ceremony during which one million wooden sticks as burned-a feat, whit no one has yet achieved



炎の行者 池口恵観写真集より 著者 池口恵観 写真 星原昌一  ISBN4-88591-341-1                  
   まず読教してお経を覚えなさい。お経を覚えられたら「刀岳の禅」を組みなさい、それが出来るようになったら今後は手法しなさい、手法をしたら今度は護摩を焚きなさい。火の中に物を供えて、そして自分の煩悩がいろいろとあるのを知恵の火で焼いて、そしてそれを浄化して仏さんの気持ちを分かるようにして、それが護摩なんですね。そして、天にいらっしゃる仏さんにもおあげするようなことで、護摩で行をするわけです。

 その護摩で行をするようになったら大体一時間位なんですね普通の護摩の行は。それを今度は八千枚護摩というのをやれっていうわけですね。八千枚というのは、密教の行者さんたちが一生に一回できたらいいというのを、うちではそれはもう日常茶飯事にやる位の気持ちがないとだめ、ということでしょっちゅうそうゆうような行をする。

 だから私は今、92回目をやってるわけです。今度、今年は93回目。今年は中国の西安でもやります。

 八千枚が出来たら、十万枚をやれ。十万枚が出来たら、うちの先祖が誰も達成出来なかった百万枚をやってみれ、お前だったら出来るよ。小さいときに言われたら出来そうな気になるんですね。それがずっといけば、もう自分は出来るんだという気になってきます。だから三つ子の魂百までと言います。小さいときの教育というのは非常に大事だと、自分の体験をもって言えるんです。

2007/2/22 池口会(京都) 第二講話「祈りのこころ」六大 1回目



 私は昭和63年の晩秋に高野山で学士灌頂を受けまして、伝燈大阿闍梨というのに昇補いたしました。この行事というのは御影堂の大事というふうに言われまして、お大師さま自ら開眼されて、入滅されたお大師さま御影がございます。そこで、その御影堂の御影にお会いするということで、お大師さまの直弟子の一人になるということを意味する儀式であるわけでございます。

 この頃の私は、焼八千枚護摩というのをもう60回から70回やっておりました。また、桜島の大柴燈護摩(だいさいとうごま)を厳修いたしました。そのころ桜島が非常に噴火して灰が鹿児島市内にいっぱい来て大変だったころでございます。
 鹿児島市も10億、20億の費用をかけて灰を取ってまわらんといかんという大変な時で、皆が苦しんでいるから、この灰を止める行をしてみようというふうに思ってやったのが、この柴燈護摩行なんですね。 

 世界一の護摩壇を作ってやろうということで、6メートルからのヒノキと杉の木を三千何百本使って、竹を上に立てますから、竹の上まで24メートルぐらいの高いものを作って、その周りに四つそれよりもちょっと小さいのを作って、五壇の護摩壇を作ってお祈りをしたわけですね。そしたら、なんとその日から灰が止まったんですね。で、今に至ってるわけです。

 そうゆう時に私の知り合いの坊さんが、「私の寺に伝わる一巻の古文書だけども、八千枚のベテランだからこれを見てみらんか」というふうに見せてくれた、鎌倉時代の巻物を見せてくれたんです。鎌倉時代のもので字が読めないのがいっぱいあるんですね。

 それで高野山大学時代の恩師で、高野山の霊宝館長をしていらっしゃた高野山大学の仏教芸術の教授の山本智教という先生と、うちの妻の寺が上池院という寺でございますが、その寺の住職、父が友達であったということで、ちょうどやって来られたのですね。それで先生に読んでもらったんです。それを読んで行くうちに私は非常に驚いたんです。

 その古文書は、鎌倉時代の八千枚護摩を行者が書いて記録しているものであるわけございます。やりかたとか、護摩木の種類とか、大きさといったようなものが、なんと私がずっと作り上げてきた、誰にも教えてもらわずに私が作り上げてきた行が、そっくりそのまま鎌倉時代の巻物に書いてあったんですね。

 私はそれで非常にびっくりしましてね、千年近く前に既に私がやっておったことと、同じことをやっておった。私のオリジナルの行だと思っておったのがそこに書いてあった。
 自分の思っておった誇りが萎むような、しかし私の仕法というのは鎌倉時代の伝統のものであったというような、自信といっしょになりまして複雑な気持ちになったわけであります。

 私はきっと鎌倉時代の、この行をされた方の生まれ代わりなんだというふうに思うようになったんです。しかし、それから20年ぐらい経ちますうちに、私は別の考えを持つようになったのであります。それは百万枚を終えてからですね、この宇宙には仏さまの大いなる知恵が遍満しているわけであります。

 真言、蔵を開くというふうにお大師さまは教えて下さっておりませけれども、正に宇宙というのは秘密の蔵であります。私は拝んで、拝んで、そのことを使命に思いまして、八千枚護摩行とともに前人未到の百万枚護摩行に挑戦したわけでございます。

 その私の祈りが仏さまに通じて、宇宙の扉を開いて頂いて、鎌倉時代の古文書を見せて下さったんじゃないかなというふうに思うようになったわけでございます。そのおかげで、私はこの百万枚護摩行も達成することが出来て、仏さまがいっぱい自信を下さったんだ、というふうに思っているわけでございます。平成元年2月の4日から5月の14日、私はこの百万枚護摩行に挑戦いたしました。
■2005/12/27 池口会(京都) 霊と真摯に向きあって 見えないものの大切さ



 先程申しました伝法灌頂を受けて傳燈大阿闍梨を授かった年でもございますし、八百年前の絵巻物を見せてもらいましたのもその年でございました。また、百万枚護摩行の前行に入っておった時期でもあるわけでございます。その年の前半に山口大学からお声がかかりまして、初めてこの臓器移植とそれに伴いますところの脳死の問題を考えるようになったのであります。
2005/9/27 「釈尊の悟りと弘法大師」 第38期札幌市民大学講座講義








 平成元年の2月4日から5月の14日まで100日間、私は百万枚護摩行をいたしました。その百万枚護摩行を成満いたしましたときの母の教訓は、まさに初心を教えてくれるものでありました。そして、そのこころの力がどれほど大きいものかも、私は振り返るごとに実感しているのであります。
 毎日、三メートルぐらいの火を7時間から8時間炊きつづけますから、ほとんど穀物を摂っておりませんし、果物と野菜だけで、ほとんど塩も摂っておりません。そういうなかで8時間も火を炊きつづけますから、まずからだが持ちません。いままで、これに挑戦した人は皆死んでいるんですね。うちの先祖も何人も死んでおります。で、これで私も最後かなと思いながら、遺言をしてこれに望んだのでございます。
 5月の14日が結願でございました。その日は母の日でもございました。当時、母は84歳になっておりましたけれども、私の行が、いままで皆死んでおりますから心配もあったんでしょう、毎日同じ時間に母は影行をしてくれたのであります。この母の恩に報いたいという思いが私の胸にあったのであります。
■2010/8/25 第126回恵観塾 第二講話「菩提心論」 7回目




1989年5月14日、仏教史上に残る百万枚護摩行者の誕生 (1995年ヴァチカンの金剛仏師より)

 1988年11月24日、恵観師は日本仏教の総本山、高野山で学修灌頂に入壇。密教僧侶の最高位、傳燈大阿闍梨に昇位。さらに1989年には前人未到の百萬枚の護摩行を決意する。百日におよぶ命がけの荒行に挑んだ。身を正常に保つため十穀を断ち、不眠不休で続けられた加行。

 仏道修行とは、衆生の煩悩に奉仕するが故に、自己の煩悩を否定することである。自分の身やこころを汚さず、口先だけで物事を処理していては、そこから何も生まれてはこない。真言行者はお大師さまがそうであったように、衆生の救済に生涯を捧げるものでなければと、恵観師は言う。この信念が信じられない荒行を支えている。一枚づつ真言を念じ、一日一万枚の護摩木を炊き上げていく。幾度となく意識を失いかけながら、仏教史上に残る、この奇跡の行が成満された。1989年5月14日、百万枚護摩行者の誕生である。

 仏道修行での自信が、恵観師の国際的な活動の輪を広げることになった。1989年5月14日、仏教史上に残る百万枚護摩行者の誕生 (1995年ヴァチカンの金剛仏師より)






 私は毎日2時間、皆さん方の願い事を書いたお札を二千本から焚いております。2時間かかるんですね。この時に無心にやっておりますと、ものすごく元気になってくる。ある時はものすごく大変なんです。もう夏は息が止まりそうになって、やっと自分の場所に帰っていくんですけれども、それでもスカっとした状態になります。

 今、二千本と言いましたけれども、これをですね私は平成元年に百万本をやったんですけれども、百万本の行をやりまして、それからずっと数えてみたら、この皆さん方がお祈りをして書いてしらっしゃる札が一千万本を超えておるんですね。

 日本の人口が一億何千万人だったら延べでございますが、十人に一人の人が、うちの祈願をして頂いているというような計算になるわけでございます。世界でこれだけ焚いたのは私だけだと思います。またそれだけの人が毎日二千本ですから、二千人からの人がずっとお祈りをして下さってるということでございますから、非常にありがたいことであると思います。

 私は非常にありがたい生まれなんだなというふうに思って感謝しているところでございます。感謝の気持ちが、こうしたリフレッシュが出来るんだろうと思います。
2006/5/26 第78回池口恵観勉強会 第二講話「秘蔵宝鑰」こころの復興 4回目



 人間の煩悩というのは本当に根深いものでございます。もう無くなったと思っても、また新たな煩悩が涌いてまいります。私は百万枚護摩行を達成いたしましたときに、本当にこころの底からあらゆる生命を愛おしいというふうに思う気持ちが、ふつふつと涌いてきたのであります。それまで私は気が短かったところもございますけれども、知らず、知らずの内に消えておったのであります。
■2009/9/24 第116回池口恵観勉強会 第二講話「即身成仏義」 8回目




 それからさらに皆さんご承知のとうり恵観先生は僧籍をもった日本一、「行」の第一人者ですからね。そういう点でご多忙のなかに医学博士というドクターの称号をお持ちですね。
 だから医学博士としても
各国立大学を始め大学の講義もお持ちになっていると。こうゆうことで大変ご多忙な先生なんですね。

 そういう先生が毎月一回、こういう勉強会に来ていただくということは大変幸せ、ありがたいと思っております。平成元年に百万枚護摩成満されて以来、世界中が「この人は本物だ」と言って恵観先生のところへ駆け込み寺として駆け込んで自分の心中を訴えて、恵観先生に加持祈祷をお願いしているというようなことから、これも衆生救済の一つの仕事としてなかなか手が抜けないというご多忙を超えて恵観先生が月に一回この教室を開いていただき、大変ありがたいことで、私たちは幸せ者であると思っております。
2008年4月24日 池口恵観勉強会100回記念祝賀会(ホテルニューオータニ)
最福寺総代・財団法人東洋学林 理事長 平原 一雄様ご挨拶より




 「奇跡というようなことはどんどん起こっていくんですね」
 真言密教の最高位、傳燈大阿闍梨池口恵観師は真言密教最大の荒行と言われる「百万枚護摩行」を達成した。

 護摩行とは弘法大師空海がもたらしたという修行法。人々の願いが印された特別な薪、護摩木を知恵の炎で焼き尽くし、所願成就を御本尊に祈る厳粛な儀式である。
 まず印を結び、護摩の炉に御本尊を降臨させる......煩悩の数と同じ108本の護摩木を焚く......これで全ての煩悩は灰となり天に昇って行く
 その後、人々の願いが込められた護摩木を一本一本、念を唱えながら焚いていくのである。

 燃え上がる炎は次第に勢いを増し、その高さは時に3mを超える......300度以上の高温の前で修行者は己のためではなく、人々の幸せのために一心に拝む......
 「みんなが本当に良くなるように一所懸命お祈りをしていきたいと思っています」
2007.1.1 開運祈願スペシャル

炎の行者 池口恵観写真集より 61頁 71頁 76頁 78頁 80頁 86頁 (1993年6月21日初版第一刷発行)
著者 池口恵観 写真 星原昌一 東方出版株式会社 ISBN4-88591-341-1
定価8,000円
購入は書店あるいは最福寺まで 
 
 


百萬枚護摩行一座(一日)分の護摩木・最福寺大仏殿

烏帽子山  最 福 寺  891-0133 鹿児島県鹿児島市平川町4850-1 TEL.0992-61-2933 FAX 0992-61-2242
 Ebosizan Saifukuji4850-1 Hirakawacho, Kagoshima City, Kagoshima Pref., 891-0133 Japan Tel.+81-992-61-2933 Fax +81-992-61-2242
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