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  加  持  
   
   
   生命とはこの世に現れている形だけではない、生きとし生けるものは皆つながって存在しているのだと、お釈迦さまは全身全霊で理解された仏教は、江戸時代以降、お寺が檀家をかかえて葬儀と法事で生活が成り立つように仕組みになったために、仏教は徐々に「葬式仏教」に変質し、仏教と医療は水と油の関係になってしまいました。
 しかし、仏教が人々を救い、人々に癒しをもたらすという本来の役割を果たせば、医療と仏教は補完関係にあると言ってもいいのです。真言密教と医療の関係で忘れてならないのは、私たちが通常「お加持」と言っている加持祈祷であります。私は全身全霊で祈るお加持によって、難病に苦しむ人を救ったことが何度もあります。
このお加持の効能もまだ科学的に解明されていません。このお加持の力が今後、医学的にどう解明されるのか、私は大きな期待を持って見守っています。それが医学的にきちんと位置づけられれば、医療と仏教の共生は大きく前進すると考えています。
「医療の原点は癒しの心」
2009.08.30 維持透析患者の補完・代替医療研究会 鹿児島県医師会館大ホール 
 


 今日はこのお大師さまが教えられた加持、加持祈祷についてお話しを聞いて頂きたいんですけれども、私が自分の生命を、より良く生かしたいと思われる方々のために、私たち行者は祈り続けて、そしてこの世に遍満しておるところの仏さまの力をその人たちに分かつわけでございます。
 生命力が低下しておるから病気になったり、あるいは壁にぶつかったりするわけでございます。だれもが持っておるところの生命の力をもう一度燃え上がらすために、行者は加持をするわけでございます。
 布施については前にもお話ししましたけれども、布施というのはどなたでもできる在家の修行といえると思います。それに対しまして、加持は修行を積んだ行者だけができるものであります。
  行者は、この行という祈りを積んで、積んでいって、そして苦しむ人たちと仏さまを一つにして癒していくというわけでございます。その使命のために不惜身命(ふしゃくしんみょう)の精神で、日夜厳しい行を重ねていくわけでございます。こういうことは誰でも許される行為ではありませんし、やみくもに誰でも行っていいというものでもないわけでございます。厳しい戒律によって認められた者だけが、加持を行うことができるわけでございます。
 とかく宗教がいかがわしいと受取られておりますのは、加持もどきによって金儲けをしている人たちが後を絶たないからであるわけでございます。人間のこころというのは、それほど信じやすく不安定なものであるわけでございます。
第105回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」9回目加持 2008.9.23 ホテルニューオータニ麗の間
 

   
   今日はこのお大師さまが教えられた加持、加持祈祷についてお話しを聞いて頂きたいんですけれども、私が自分の生命を、より良く生かしたいと思われる方々のために、私たち行者は祈り続けて、そしてこの世に遍満しておるところの仏さまの力をその人たちに分かつわけでございます。
 生命力が低下しておるから病気になったり、あるいは壁にぶつかったりするわけでございます。だれもが持っておるところの生命の力をもう一度燃え上がらすために、行者は加持をするわけでございます。
 布施については前にもお話ししましたけれども、布施というのはどなたでもできる在家の修行といえると思います。それに対しまして、加持は修行を積んだ行者だけができるものであります。
  行者は、この行という祈りを積んで、積んでいって、そして苦しむ人たちと仏さまを一つにして癒していくというわけでございます。その使命のために不惜身命(ふしゃくしんみょう)の精神で、日夜厳しい行を重ねていくわけでございます。こういうことは誰でも許される行為ではありませんし、やみくもに誰でも行っていいというものでもないわけでございます。厳しい戒律によって認められた者だけが、加持を行うことができるわけでございます。
 とかく宗教がいかがわしいと受取られておりますのは、加持もどきによって金儲けをしている人たちが後を絶たないからであるわけでございます。人間のこころというのは、それほど信じやすく不安定なものであるわけでございます。
第105回池口恵観勉強会 第二講話「祈りのこころ」9回目加持 2008.9.23 ホテルニューオータニ麗の間 
 
   
 
   
   
 
   ここで空海、弘法大師について少しお話ししておきたいと思います。空海、弘法大師は今から千二百年前に中国に渡って密教の教えを授かって日本に広めた人です。丁度、今年が丙犬の年ですけれども、その丙犬の年に帰ってきております。六十年が二十回過ぎたことでですね。還暦が二十回。この密教というのは仏教の教えの一つであるわけですけれども、お釈迦さまが説いた教えに従いながら、古代から伝わるアジア文化をここに取り入れてきた教えが密教であるわけでございます。
 私の寺には毎日毎日たくさんの方々が相談にやってきております。その多くの人たちが病気の人が多いんです。私はその方たちと共に祈っております。そして、その多くの方が不治とされた状態から抜け出したりしていらっしゃるのであります。こうして皆さんにお話ししてもなかなか信じてはもらえないと思いますけれども、世の中には治す力が無いのに加持によって病気を治すと宣伝して法外なお金取り上げるニセの宗教家がいっぱいおりますので、本来の加持とか仏さまの教えが正しく伝わらないきらいがあるわけであります。
 私はどんな病気の方であっても医師の治療は受けなければいけないというふうに言っております。加持というのは、いろいろな原因で低下している生命力を再生するお手伝いをするものであるわけでございます。病気になってしまったら医療によって体の修復をしなければいけない。仏さまにいただくのは医療をいたす生命力であるわけであります。生命力が病気と闘う力をもたらします。現代医学で言いますと免疫力に近い発想であろうと考えております。
「弘法大師と医療の心」 2006.02.27 山口大学医学部 
 
   
 
   
   
 
   真言密教の祈りというのはリズムに始まってリズムに終わるといいましょうか、生命のリズムをとても大切にしているのであります。私が皆さん方の病気になられたり、いろいろ願いがあるときに加持というのをやります。あれはリズムを整えることが一番大事なんですね。
 リズムを整えたらスッと元に返っていく。この前、逆子になっているという人が来られました。そのリズムを整えるお加持をしました。そしたらその場で....
恵観塾 第二講話「大日経開題」1回目 2013.2.20 ホテルグランヴィア京都  古今の間
 
 
   
 
   
   
 
   それからさらに皆さんご承知のとうり恵観先生は僧籍をもった日本一、「行」の第一人者ですからね。そういう点でご多忙のなかに医学博士というドクターの称号をお持ちですね。
 だから医学博士としても各国立大学を始め大学の講義もお持ちになっていると。こうゆうことで大変ご多忙な先生なんですね。
 そういう先生が毎月一回、こういう勉強会に来ていただくということは大変幸せ、ありがたいと思っております。平成元年に百万枚護摩成満されて以来、世界中が「この人は本物だ」と言って恵観先生のところへ駆け込み寺として駆け込んで自分の心中を訴えて、恵観先生に加持祈祷をお願いしているというようなことから、これも衆生救済の一つの仕事としてなかなか手が抜けないというご多忙を超えて恵観先生が月に一回この教室を開いていただき、大変ありがたいことで、私たちは幸せ者であると思っております。
「恵観塾について」最福寺総代・財団法人東洋学林 理事長 平原 一雄様ご挨拶 2008.4.24 池口恵観勉強会100回記念祝賀会 ホテルニューオータニ 
 
   
 
   
   
 
   最福寺は祈願寺でございますから、毎日何十人もの信者さんがお加持とか、おたずねで相談に来ていらっしゃいます。また炎が三メートルにもなる激しい火を炊く護摩行を毎日やっておりますから、気を抜くところがないのであります。 
 気持ちが弛んでおりますと、火傷をしたり酸欠で倒れたりいたしまして、大怪我をいたしますので、ここは徹底的に注意をするわけでございます。
 口コミで私の寺のことが広く知られるようになりまして、やがて今、阪神で活躍しております金本知憲選手とか巨人軍の清原選手らプロ野球の選手や大相撲の力士とか政治家の方々がこの寺に来られまして修行に参加してくださるようになったのであります。
 私は行者の家に生まれました。真言宗に身を置くようになりましたのは、私の父の代からでありましてもとは修験の家でありました。先祖は五百年ほど前の室町時代に修験者になったようでありまして、私で十八代目でございます。
「信仰に生きる」 2005.07.20 国分市民会館(鹿児島県) 国分市教育委員会 国分市舞鶴大学大学院学習会
 
   
 
   
   
 
   最福寺は祈願寺でございますから、毎日何十人もの信者さんがお加持とか、おたずねで相談に来ていらっしゃいます。また炎が三メートルにもなる激しい火を炊く護摩行を毎日やっておりますから、気を抜くところがないのであります。 
 気持ちが弛んでおりますと、火傷をしたり酸欠で倒れたりいたしまして、大怪我をいたしますので、ここは徹底的に注意をするわけでございます。
 口コミで私の寺のことが広く知られるようになりまして、やがて今、阪神で活躍しております金本知憲選手とか巨人軍の清原選手らプロ野球の選手や大相撲の力士とか政治家の方々がこの寺に来られまして修行に参加してくださるようになったのであります。
 私は行者の家に生まれました。真言宗に身を置くようになりましたのは、私の父の代からでありましてもとは修験の家でありました。先祖は五百年ほど前の室町時代に修験者になったようでありまして、私で十八代目でございます。
「信仰に生きる」 2005.07.20 国分市民会館(鹿児島県) 国分市教育委員会 国分市舞鶴大学大学院学習会 
 
   
 
   
   
 
   お坊さんというのは仏に使え人々を救う使命があるわけでございますが、私たち真言宗のお坊さんには加持祈祷という教えの根本をなす役割があるわけでございますけれども、近年はとかく葬儀とか供養なんかに追われまして、密教というのは何なのかとか、加持とか祈祷とかいうのはどういうことなのかということを忘れてしまってるお坊さんもいらっしゃるように思うんですね。
 私はお大師さんが開かれたところのこの真言密教というのは即身成仏の教えによりまして、他の顕教とは明らかに違うというふうに思っているんですね。
 お大師さまは「もし自心(じしん)を知るは すなわち仏心(ぶっしん)を知るなり 仏心を知るは すなわち衆生の心を知るなり 三心平等なりと知るを すなわち大覚(だいかく)と名づく」と、こういうことを言ってらっしゃるんですけれども、密教は自分の中に仏さんがいらっしゃって、その仏性に目覚めることによって行者は宇宙に遍満しているところの神秘的なエネルギーを預かって、そして一つになって人々を癒すことが出来るわけであります。自力と他力という分け方ではない、これを超えて仏さまと一体になる道を教えるのが密教なんですね。
第158回池口恵観塾 第二講話「大日経開題」7回目 真言密教の呪術 加持と祈祷 2008.9.23 ホテルニューオータニ悠の間
 
 
 
   
   
 
   私は行をしてお加持をしますけれども、そのお加持を受けられた方が非常に軽くなったとか、良くなったとかこういうふうに言って喜んで報告をしてくださるときに、私は非常にこの上ない幸せを感じるといいますか、嬉しいんですね。共に悩みながら、その悩みとか苦しみから抜け出されたという嬉しさを、手を携えて分かち合っていくということが、なによりの喜びであるわけでございます。
 その共に味わっていくという、その満たされた気持ちこそが、仏さまのこころであって、また仏さまになった瞬間であるんだというふうに私は思っているわけでございます。
 寺においでになりますと、「お尋ね」、ということをいたしますけれども、これなんかでは具体的なアドバイスが必要になってくるわけでございます。お加持をして障りを取っていくだけじゃなくって、この世の中で解決すべきことがいっぱいございまして、現実的な支援をすることもあるわけでございます。その現世利益にいたるのが、お大師さまの同行二人のこころでございますし、仏のこころであるんだというふうに私は思っているわけでございます。
第111回池口恵観勉強会 第二講話「即身成仏義」3回目 2009.4.28 ホテルニューオータニ麗の間
 
   
 
   
   
 
   しばらくしますと、荻野くんは自分の上司の先生でございます芳原達也(ほうばらたつや)という教授を連れて寺にやってきました。この芳原教授も荻野さんの重い白血病が、護摩行に参加したことによって改善されたということを不思議に思われて、護摩行に強い関心を持たれたんだろうと思います。そして二人で寺に来られたというわけでございます。私はこの芳原教授と荻野くんに、護摩行は免疫力を強くする効果があるんじゃないかと、今で言いますところの予防医学的な持論をとうとうと1時間半にわたって語ったわけでございます。その中には、医療には倫理が不可欠であるし、仏教のこころが必要なんだと。
 今、機械で体を見て手も当てない診療をしておる。それではこころが通わないから、免疫力も高まらないから、病気がどんどん進んで自然に亡くなっていく。それじゃいけないから、やっぱり仏教のこころが必要なんだ。そういうような、私なりの医療に対する意見を1時間半にわたって、医学部の教授とその学生に話したわけでございます。私の話をじっと1時間半にわたって聞いていらっしゃた芳原教授が突然申されました。「今、私たちに話して下さった話しを、うちの医学生達にしてもらえませんか」そうおっしゃたんです。そして、私は医学生たちに医のこころを講義するようになったわけでございます。
 本来仏教は、生老病死の苦しみから開放される教えが仏教であるわけでございますが、病気の癒しは仏さまの教えの根幹を成している。つまり、医療と仏教は深い関係にあるというわけであります。
 荻野くんは護摩行で取り戻した体力と気力で治療を続けて、後に山口大学の医学部の助教授から金沢大学の教授になりまして、今では岡山大学の医学部の教授になっているのであります。
 最近になって代替医療の研究が進んでおりますけれども、荻野くんと私の出会いはその端緒の一つになったものであったと思います。
 私の加持だけではなくって、ご自身で護摩行に参加されることによって、仏さまの世界に無意識のうちに触れたということで、加持の効果が一層高まったんだというふうに私は思っているのであります。
 なぜ、現代の医学で直らない病気が、この加持によって直るんでしょうか。加持というのは真言密教の秘法の一つでございまして、加持祈祷というふうに言われますように、祈りと一体になっているものでございます。私のところにいらっしゃる多くの人たちが現代の医療では直らないというふうに宣告された人が多いんですけれども、ほとんどがその人たちの病は霊障によるものが多ございます。
 厳しい行を毎日重ねてきたおかげで、おいでになった人たちの病根が見えて、供養によって、行によって、加持によってこれが改善されるかどうか判断することができるようになってまいりました。
池口会 第二講話「即身成仏義」6回目 2009.7.22 ホテルグランヴィア京都古今の間
 
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