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桜島・炎の祭典 大柴燈護摩祈願祭
1986.5.23 世界平和祈念・桜島大柴燈護摩 第一回炎の祭典
   この頃の私は、焼八千枚護摩というのをもう60回から70回やっておりました。また、桜島の大柴燈護摩(だいさいとうごま)を厳修いたしました。そのころ桜島が非常に噴火して灰が鹿児島市内にいっぱい来て大変だったころでございます。
 鹿児島市も10億、20億の費用をかけて灰を取ってまわらんといかんという大変な時で、皆が苦しんでいるから、この灰を止める行をしてみようというふうに思ってやったのが、この柴燈護摩行なんですね。 
 世界一の護摩壇を作ってやろうということで、6メートルからのヒノキと杉の木を三千何百本使って、竹を上に立てますから、竹の上まで24メートルぐらいの高いものを作って、その周りに四つそれよりもちょっと小さいのを作って、五壇の護摩壇を作ってお祈りをしたわけですね。
 そしたら、なんとその日から灰が止まったんですね。で、今に至ってるわけです。
■2005/12/27 池口会(京都) 霊と真摯に向きあって 見えないものの大切さ  


 1986.5.23 世界平和祈念・桜島大柴燈護摩
               千二百年を経たいま、世界は再び空海を求めている

1986.5.23 世界平和祈念・桜島大柴燈護摩 MBC鹿児島放送

高野山、奥の院にひっそりと守られる密教の炎がある。
密教とは秘密の教え、つまり言葉などでは表せない深遠な
仏の世界を体験によって開こうとする仏教である。
真言密教を日本に伝えた弘法大師空海は、その著書
「秘蔵宝鑰」の序文に「顕薬塵を払い、真言、庫を開く」
(第十住心秘密荘厳心)けんやくちりをはらい、しんごん、
くらをひらく、としるした。

密教、すなわち大日如来の教えはさらにその扉を開き、
宇宙の真理の中に入り込むのである。
空海はただ机上の勉学のみを行った人ではなかった。
大学という立身出世の道を放棄し、修験道の祖、
「役の行者」(えんのぎょうじゃ)に習い、山を歩き、
いそうを駆け、苦行に身を挺して、ついに奈良久米寺に
大日教を発見した。

密教の炎を時代が求めていたのである。そして、
千二百年を経たいま、世界は再び空海を求めている。
昭和61年2月、空海を求める時代の声に呼応するかの
ように、一人の行者が真言密教の手法による
日本仏教史上最大の護摩供厳修を発願した。
烏帽子山最福寺法主、池口恵観師。

密教で言う護摩とは、仏の悟りを表わす知恵の炎に、
人間の迷いや、悩み、苦しみ表わす護摩木を投げ込み
一切を焼き尽くす儀式のことである。

通常は寺院の護摩堂内で行われるが、特に屋外で
行われる自然を利用した護摩を柴燈護摩と言う。
鹿児島のシンボル、桜島を大自然の護摩壇に見立て
大地のエネルギーの助けを借りて三力、即ち仏が人を救い
たいと願う如来の加持力、人が仏に救われたいと願う
衆生の功徳力、それに宇宙のエネルギーとも言うべき
法界力を結集し、世界平和を祈念しようという試みが
動き始めた。

この命がけの護摩供を発願した池口恵観師とは、
高野山真言宗南米北米総監部伝道部長を勤め、
海外布教に活躍する一方、その絶大な法力によって
日本全国に信者を持つ真言密教の高僧である。

昭和42年、鹿児島市に最福寺を設立。現在は
烏帽子山法主として行一筋の毎日を送る。


炎の祭典・今ひらく池口恵観の世界

1986.5.23 世界平和祈念・桜島大柴燈護摩
MBC鹿児島放送



 私が世界平和の巡礼でお祈りをいたしますのも、また桜島でお祈りをいたしましたのも、みんな仏さまから頂いた祈ることができるこの器を活かしきる使命の由縁でございます。
 大宇宙の中から生み出されてきた自分たちであって、大宇宙大生命体を自分の体にして、生きとし生きてらっしゃる大日如来、これから私たちは生み出されて来てる。
 仏から生み出されてきてる仏の子であるわけでございます。
 仏も私たちも身口意(しんくい)を持ってます。体とこころと言葉。この身口意を一つにして、ずっと本当の親であります、大宇宙大生命体の大日如来の身口意と一つにしたときに、いろいろな願いは叶うんだという自信の基に、私は桜島のあの噴火が多い時に、桜島の噴火を止める行をいたしました。それであの噴火が止まりましたですね。
 そうゆうように、私が世界平和を願って世界各地で祈っていきますのも、また、いま言いましたこの桜島で祈ったのもみな、この仏さまから頂いた祈ることができる器を活かし切る使命のためであった、というわけでございます。
■2008/12/22 池口会(京都) 第二講話「祈りのこころ」 まとめ
 

桜島大柴燈護摩、昭和61年5月のことであった


1986.5.23 世界平和祈念・桜島大柴燈護摩 第一回炎の祭典

池口恵観、高野山伝燈大阿闍梨 
現代、最大にして最高の密教行者の一人である。
この大柴燈護摩は、池口恵観大阿闍梨が桜島を
大自然の護摩壇に見立て、三力、即ち仏の人を救い
たいと願う如来加持力、人が仏に救われたいと願う
衆生功徳力、そして宇宙のエネルギーとも言うべき
法界力を結集して行った史上最大の大五壇護摩である。
中央に配置された不動明王を表わす
護摩壇の高さは17mにも及ぶ。

火はたちまちのうちに護摩壇を駆け昇り、猛烈を極める
火勢はあたり一面を灼熱地獄と化した。
あまりの高熱に行者や信者は一斉に後退し、
弟子たちは悲鳴にも似た絶叫を上げ、恵観大阿闍梨へ
下ってもらうよう懇願する。
しかし、この猛火のなか導師は不退、不動の
火傷三昧を続けた。
弟子たちは涙を流しながら、ただひたすら導師へ
水をかけるほか、すべもない。
やがて、大五壇護摩から立ち昇る黒煙はあたかも
巨大な五爪の龍と化し、天空高くうねり始めたのである。

桜島大柴燈護摩、昭和61年5月のことであった。
以来、桜島は8年間の長きにわたり沈黙している。

迷ジパング〜あなたの知らない日本〜
熱波!炎の平成大弁天から

TV Asahi New Wave

 私が昭和61年に、桜島が非常に噴火して大変だったときに、桜島の噴火を止めないといけないということでやった柴燈護摩がございます。
 これを二回やったんですけれども、一回目でほとんど止まったんです。二回目ではほとんど無くなりましたですね。
 それに匹敵する、それ以上の護摩壇を作って、密教のお坊さんが中心になると思いますが、世界の宗教家たちにもお祈りをしていただくような場を作って、そして皆で慰霊祭と日本復興の柴燈護摩祈願祭をやりたいというふうに思っています。
 そして、その時には日本国民すべてが手を合わせていただけるように、また黙想して霊を慰めていただけるように出来たらなと思っていることろでございます。
■2011/8/25 第136回恵観塾 第二講話「三教指帰」 7回目
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